第102話 期待
随分と慌ただしい。戦況が動いているのだから、それも覚悟はしていたユリシスだ。
「すでにベニスラから兵は出ているのかしら? それなら途中で合流しなければならないけれども、ハッシキはどう思う?」
ロボの背に二人は揺られている。間道を縫うというよりは、道なき道を走っている。リリーシュタットの東側では、今ナザレットがレスロアに集結しつつある。当然、兵が動いている。反乱した貴族たちの領地も点在していて、まともに走って行くわけにはいかないのだ。
「ボクに聞かれても分かんないよ。ベニスラからレストロアに向かう本街道を進んでいければいいんだろうけれども、それじゃあ見つかってしまうよね」
ターバルグに届いた知らせには出陣の日時は記されていなかった。ただ戻って来てほしいとだけだ。明確に出陣の時期を発表するわけにもいかないのだろう。臨戦態勢を維持していると考えられる。
ユリシスとランサはロボにまたがり単独で動いている。率いてきた兵はターバルグに残してある。
「ラクシンなら上手く動いてくれるはずよね」
残してきた兵の指揮権はラクシンに委ねてきた。動きをつかめば補給部隊を襲撃するように指示を出している、ただし、無理はするなという注意を添えて。
「戦況は流動的です。確かなのは、こちらもあちらも大軍同士のぶつかり合いになるのではありませんか?」
それならば、ユリシスとしても味方の兵を見つけやすい。相手がベニスラ方面に侵攻する可能性は殆どない。国境を越えてかなり走ったが、今のところ敵の偵察とは遭遇していない。見つければもちろん殲滅するつもりだ。
ただ、相手にとってユリシスの存在がどれほどの重みを持っているのか、ユリシスたちに自覚はない。合流してどれだけの戦力になると相手が思っているのか分からないのだ。
「それでも帰ってこいと言ってきているのだから、味方に取ってはあてになるのでしょね」
そう言えるだけの戦果は上げてきたと思いたい。ユリシスの動きが敵の動きを誘発していなければ、今回の思い切った出陣はなかった。であればこそ、こうやってユリシスは帰国を急いでいる。風が秋の香りを含み始めている。それまでの決着をアリトリオは想定している。
「ん? 人影は見えるな。敵か?」
ロボがその走りを緩める。恰好は農民の姿だが、動きに隙きがないようにユリシスには見える。しかも、ここは林の中だ。
「止まりなさい」
背後に回り込んでから、ユリシスはゆっくりと声を掛ける。相手は驚いている風でもなく、両手を上げる。その仕草だけでも農民でないのは明らかだ。逃げる機会を窺うように振り返る。ユリシスの姿というより、ロボの偉容を見て上げていた両腕を下げ、ひざまずく。
「もしや聖女様ではございませんか? 私は敵でございません」
どうやらベニスラからジオジオーノなりアリトリオなりが放った諜報の手の者のようだ。
「聖女様に申し上げます。現在地点は、敵の勢力圏からややベニスラ寄りでございます。ここから先は比較的安全です。まずはそれを申し上げておきます。それとザビーネ国王陛下からの承っております。聖女様の帰国をもって出撃するであろうと」
同じ情報を持って、多数の諜報の者たちが各地に散らばっているという。ジオジオーノはユリシスとの入れ違いを避けたいようだ。ユリシスを待ってくれているのだ。
「あてにされているみたいだね。それはそれでボクは嬉しいけど、ユリシスにはちょっと複雑かもしれないね」
ハッシキはいつも屈託がない。
「待ってくれているのなら、急ぐとしましょうか」
ユリシスも釣られて笑顔になる。どんな形にせよ、期待されているのであれば、それに応えたい。
「ご苦労を掛けました。私たちは先行します。気を付けて戻ってきてください。貴方なたちの頑張りがあってこそ今があるのですから」
ユリシスはラクシンに接して良く分かったのだ。華々しい戦場を裏で支えている存在たちの重要さに。それが言葉となって現れたのだ。当然だが、戦いには様々な人が色々な形で関わっている。補給ひとつとってもそうなのだ。
踏まなければ良いのであれば、戦場などに赴かなくて良い世界を望むべきなのだが、現実に戦争はある。そうであるのなら、後ろから見ているだけではダメなのではという感慨がユリシスには生まれている。正義の鉄槌などというものではない。人の死に様から顧みられる生き方がある、それが分かってきた。ユリシスはそう受け取れるだけ、生と死の境目を見てきた。
「歩いて行く道が間違っているとは思いたくはないわね」
ユリシスは思わず声に出した。その声は、すぐに風がどこかへと運んでいってしまった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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