第103話 帰還
「おかえりなさいませ、聖女様」
ジオジオーノがユリシスに手を差し伸べる。手を取るユリシスは気恥ずかしさで頬を染めた。
「まるで凱旋将軍のような扱いですね。私は軍人ではありませんよ」
ジオジオーノの後ろには、レビッタントとアリトリオが立っている。二人とも今回の作戦の中枢を担っていると聞いている。その二人に比べれば自分の役割など大したものではないのに、この迎えようは、いささか大げさ過ぎるのではないだろうか。
「十二分でございますよ」
ジオジオーノの口調には世辞は含まれていない。軍人であれば昇格は間違いない。ただ、聖サクレル市国には聖女を賞する制度はない。象徴的とは言え、統治者なのだから当然だ。リリーシュタットの後見人にも名を連ねているのだ。大いに働かなければならない立場にある。
「それで出陣はいつなのですか? 待っていてくださったのでしょう、陛下」
頷くジオジオーノに問い掛けるユリシスの眼差しには力が籠もっている。
「今すぐ、とでも申し上げたいところなのですが、もう陽が傾き始めております。戻って早々にはなりますが、明日、出陣いたします。時間が我々を追ってきております」
戦備は万全のようだ。
「レビッタントにもアリトリオにも不在中いろいろと手間を掛けたのではありませんか?」
二人に視線を送ると、首を振り否定する。
「とんでもございません。我々は留守番をしていたに過ぎませんから」
謙った対応が、いかにもレビッタントらしい。ミラ家は反乱に加わっている。辞意を口にしたレビッタントを引き止めたのはユリシス自身だ。そういった立場でありながら、いや慰留したからこそ、今の職務に粉骨していると言える。ただ漫然と留守番をしていたなど信じる訳がない。
アリトリオにしても、情報の収集から作戦の立案まで、その才を遺憾無く発揮している。正直なところ、アリトリオの作戦と依頼があったからこそ、ユリシスはターバルグへと赴いた。他の誰かであったのであれば留保していたはずだ。
「お戻りのところ恐縮ですが、軍議を開きたいのですが、よろしいでしょうか? とっても簡単な伝達事項ぐらいですが」
ジオジオーノに促されて本営となっている会議室に入る。室内には地図が置かれ、その周囲には複数の閣僚がすでに着席している。ユリシスはジオジオーノの隣りに座る。
アリトリオが行った説明はジオジオーノが言った通り、簡単な伝達事項だった。席に着いている閣僚たちも内容は承知しているようだ。
「軍はリリーシュタット王に代わって、後見されているザビーネ王が率いる。聖女様にも軍に加わっていただきたい。ご承知ください」
ユリシスに異論はない。そのために戻ってきたのだ。役割を果たせるなら本望だ。
アリトリオの説明が終わると、その場の皆が一斉に立ち上がって、ユリシスを見た。ユリシスの言葉を待つためだ。そうと気が付いたユリシスは意識してゆっくりと席を立つ。
「皆の注力で戦機を得ました。勝ち負けなど論外です。勇士たちよ、地を鳴らし、風を追い、剣を掲げるのです」
ユリシスは、ここにいる閣僚たちにだけ、言葉を投げかけた訳では無い。明日出陣する兵士たちにもこの声がすぐに伝わるだろうと意識した。
「ねえ、ロボあれでよかったのかしら。私ああいうの苦手だわ」
ユリシスは浴場で湯船に浸っている。そばにはロボが控えている。あの暗殺未遂以来、擬態を会得したロボは、お風呂の時間でもユリシスからは離れない。
毛が濡れないように、準備された台座の上にちょこんと座ってユリシスの様子を窺っている。他には、入り口付近で立っている侍女だけだ。手にはローブを持っている。最初は慣れなかったユリシスだが、今では入浴時間のいい話し相手だ。
「内容はともかく姫様の言葉には力がある。それは聞いていていつも感心する。何と言えばいいのか、力が湧き上がってくるな」
広い浴場にロボの声が響く。ユリシスは身体を伸ばして、天井を見上げる。暗殺者が襲ってきた天窓はすでに修理されている。もう随分前のような気がする。
「出陣、決戦……」
不意に頭に巻いてあるタオルが外れた。
「あらいけない」
その金髪が湯の中に広がっていく。侍女がタオルを持って慌てて駆けつけてきた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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