第79話 併合
「政局や戦況はまさに今も動いています。予断はゆるされないと臣は愚考いたしております」
教え子を諭すように、アリトリオはユリシスに説明を始める。レストロア攻略に関して、ジオジオーノの即断を得なかっただけに、ユリシスには現状を認識してもらう必要がるという判断だ。政治力に乏しいユリシスではあっても今の様子は説明されれば理解できる。
「何度も申し上げますが、現在、リリーシュタット王国とナザレット教皇国との間では和平交渉は行われておりません。つまり戦争は続いている。まずはそれを頭に入れておいていただきたいのです」
聖サクレル市国はリリーシュタット王国の中にある。一体とみなしてもいい関係だ。アリトリオは机の上に地図を広げ、その上にピンを四本さした。
「ここが市国、レストロア、ターバルグ、そしてバレルです」
西から順番に都市の名前を告げていく。
「あくまで常識の範囲を出ませんが、レストロアとバレルの間の中立都市群を順次攻めていく蓋然性が高いと考えられます」
もちろんナザレットの立場に立てばそうなるだろう。それはユリシスにも理解できる。そのためのレストロアの攻略なのは明快に思えるのだ。そうなると困ってくるのがターバルグの存在になる。ユリシスは指摘する。
「ラクシン殿とは約束を交わしているのでしょう? 国として臣従してこようとしている。それを見捨てる訳にはいかないのでは?」
このまま放置していては、周囲の中立国がナザレットになびけば、ターバルグは立ち枯れてしまうのは地図を見なくても明らかだ。
「一刻でも早く、レストロアを何とかしなければならないのですね」
ユリシスは地図に刺さったピンをじっと見つめる。
「それが肝要でございます。いくら情報戦に長けているとはいえ、限界があるでしょう。一戦すればあっけなく敗れるでしょうね。そうなっては手の打ちようがなくなる」
情報戦はあくまでも、一時しのぎにしかすぎないというのがアリトリオの示唆だ。
しかし、ジオジオーノはあくまでも慎重だった。動かすのは難しいようにユリシスには思える。
「レストロア攻略の手があるのでしょうか? かなりの兵がいると聞いていますし、要塞化していると言うではないですか」
真正面からぶつかったのではかなり難しいように思える。何か奇策でもあるというのか?
「そうですね。リリーシュタットが動けないとなると、こちらでなんとか対処しなければなりませんが、嫌がらせ程度にしかならないでしょう。それでもやる価値はあります」
少しでも時間が稼げればそれだけ中立国群の安全は保たれる。少数であれば、少数なりの戦い方がるとアリトリオは言っているのだ。今はそれしかない。
ここでユリシスはかねてからの疑念をアリトリオにぶつける。
「アリトリオ、一つ心配があるのですが、聞いてもらえるでしょうか?」
ユリシスのいつにない真剣な眼差しをアリトリオは受け止め、正面に向き直る。
「もしレストロアが解放されたら、アリトリオはどうするのですか?」
レストロアは元々は中立国だ。アリトリオはその国主だった男だ。もし、レストロアが元の状態にもどれば、当選、国主へと返り咲く。ユリシスはそう思っているのだ。
「聖女様にご心痛をおかけいたしまして、大変恐縮です」
ユリシスはアリトリオの次の言葉を待つ。
「臣はレストロアに戻る気はございません。生涯、この聖サクレル市国で務めさせていただく所存です。もっとも、必要でなくなれば去るまでですが」
ユリシスはその言葉を聞いて安心した。レストロアの問題が解決するのは望ましいが、それと共にアリトリオの損失は大きすぎる。
「ほっとしました」
ユリシスの偽らざる本心からの言葉だ。
「ではレストロアはどうするのですか?」
アリトリオにとってはそれは大きな問題ではないようだ。
「簡単でございます、聖女様。国主が必要のない形を作ればいいだけでございます」
なるほど、そこでリリーシュタットの役目という訳だ。
「リリーシュタットに併合させるのですね」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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