第78話 苦渋
「レストロア攻略か。何か手を打っているようだが、現状では厳しいと言わざるを得ないな、レストロア卿。取り戻したい気持ちは充分に理解できるが」
リリーシュタットの後見をしている、ザビーネ国々王ジオジオーノの表情は渋い。若い王に変わって政務を見ているが、とても兵を出せるような状態ではないのだ。現在新しい都を造営している最中でもあるし、よほど勝てる算段がなければ兵を動かせないというのだ。
「若い王の緒戦は勝利で飾りたいというのが本音なのだ。レストロア攻略はあまりにも大きすぎる」
ジオジオーノの対応に食ってかかるほど、アリトリオは愚かではない。黙って彼の言葉を聞いている。
「しかし、レストロアを放置したままでは、それそこそリリーシュタットにとって脅威なのではありませんか、陛下?」
臨戦態勢の兵士が五万近く、レストロアには常駐しているという情報はすでに周知の事実だ。
「それだけに苦慮している。体制を立て直す必要があるのだ。しばらくは推移を見たい、まあ、静観していてもレストロアはなくなりはしないからいずれ手を打つ必要があるがな」
ジオジオーノとアリトリオとの遣り取りを同席しているユリシスは半ば上の空で聞いていた。言葉の意味は理解できるが、どこか空虚だった。
いろいろとこれから先を聞いておく必要がある。政務は二人に任せきりだし、リリーシュタットに関してもジオジオーノの委ねている。年齢的にもユリシスには力が不足しているのだ。
だからといって、何も知らなくていい訳になならない。
「ねえ、アリトリオ、政略? 戦略? 私にはよく分からない。少し時間が欲しい。教えてほしいのですけれど」
二人はジオジオーノの執務室を辞去した。その道すがら、ユリシスはアリトリオに話し掛けたのだ。幾つかの懸念もこの際、払拭しておきたい。後ろをロボがとことこと付いてくる。
「それでは私の執務室へまりりましょう。時間はございますからご心配はいりません」
アリトリオの執務室は、きれいに整理整頓されていた。あれだけの政務を滞らせずに務めているのだ、ユリシスの部屋の方がよほど散らかっているぐらいだ。
応接ソファーに腰を落ち着けると、すぐにお茶が出される。ロボが素早く膝の上に乗り、丸くなる。侍臣たちも懈怠なく務めている証拠だ。そうでなくてはアリトリオの仕事の足手まといになるだけなのだろう。
ユリシスは早速に話しを切り出す。まずは先日の話しの続きからだ。
「先日いっていた、私が戦場でこそ力になるというお話ですが、自信が持てないでいるのです」
確かに自分には聖女らしかならぬ部分がある。それは自覚しているのだが、職業軍人ではない以上、常に戦闘を考えているわけにはいかない。
「それほどお気にされていたのですか。それであれば失言だったかもしれませんね。ただ戦場で輝くと言った言葉に他意はございません。それも、戦闘をしろ、言ったわけでもないのですよ」
極端な話し、戦場に立っているだけでもいいのだとアリトリオは説明してくれた。
「聖女様が戦場で鼓舞するだけで、士気は大いに上がり、統率が取れる。戦力が上がるのです。それは先の聖地奪回戦でも確認されていると臣は承知していますよ」
聖女による戦力の底上げがなされるという話しは過去の事例からでも確認できる。聖女が持つ特性の一つだ。それはユリシスにも理解できる。
「それとやはり神器の力が大きいと考えています。その力を引き出せるのは聖女様だけなのですからね」
ただの飾りではいられなくなっている自分自身を再認識する必要がありそうだ。アリトリオの言葉に嘘はない。
「でも私は聖女であってヴァルキリアではない。祈りと祝福が本分だと心得ているのですが」
北方神話に登場する生と死を司る女神を引き合いに出してユリシスは反論するが、やや説得力に欠けているとは自分でも思っている。アリトリオの言う通り、この聖なる心臓が何より雄弁に物語っているからだ。神話やおとぎ話ではなく、ユリシスはこうやって実在している。
「自信と自覚、そして畏れ、聖女様に必要なのはその三つでしょう。私は何も聖女様に殺戮者になってもらいたいわけではないのですから」
ユリシスの心は揺れ動いている。いつの日か、自分自身を制御できなくなるのではないか。それは恐怖以外の何ものでもない。
「どうやら祈り、修養を積んでいくしかないようです。ありがとうアリトリオ少し心が楽になった気がします」
心とは裏腹な言葉だ。アリトリオには見透かされているに違いない。ランサはユリシスを強い人だと言ってくれた。ハッシキも弱くはないと励ましてくれた。だがユリシスの心はいまだ弱いままだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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