第37話 刺客
格式に則ってはいたが、質素な結婚式、そして戴冠式だった。瓦礫は撤去されていたものの、教会の大聖堂には天井がなく、露天での挙式だった。新王、新皇后がそれを望んだからでもある。
ユリシスは二人に祝福を与えた。こうして、レグルス・ランドとリカ・ザビーネは夫婦となりリリーシュタット家を継いだ。結婚式と戴冠式を見届けると、ジオジオーノは一旦ザビーネ王国へと帰国した。
「なに、いろいろ調整したらすぐ戻って参りますのでご安心を。我が臣下はそれほど無能ではございませんから」
ユリシスは湯船の中で大きく伸びをした。ここまで慌ただしい日常だったが、一区切りついたという思いが強い。お湯に溶かしたお気に入りの香油の匂いが鼻をくすぐる。
「これからよろしくお願い致します、叔母様」
そう二人に言われ、多少面食らった。確かに二人は甥と姪であるので、ユリシスは叔母なのだが、歳はそう離れてもいない。
「二人の面倒はちゃんとみるから、その叔母様だけはやめてもらえるかしら?」
ユリシスは微笑みながらもう一度伸びをする。この時だけは、聖女ではなく、ただの少女へとユリシスは戻る。
何もかも忘れられる一時は一人の闖入者によって消し飛んだ。天窓を破って凶刃が襲いかかる。一瞬の隙きを突かれたのだ。
「ユリシス身体をひねるんだ!」
ハッシキの言葉に反応してユリシスは身体を左に捻った。これが命を取り留めた。
右腕に激痛が走る。大量の血が吹き出し、湯船を真っ赤に染めていく。霞む視野に映るのは血が滴る匕首を構えた暗殺者。マスクをしているため容貌は分からないが、目が合った気がした。
一撃で仕留めるつもりだったのだろう、動きが止まる。その瞬間、暗殺者は浴室に転がったユリシスの片腕を拾い上げると、そのまま駆け出し、窓を破って逃走した。
天窓が砕ける音を聞いて、外で待機していたランサが浴室に飛び込んだときにはすべてが終わっていた。肩から先の右腕を失ったユリシスが血溜まりの中に倒れ込んでいる。
「ラ、ランサ、腕を持っていかれた……。ど、毒だよ……」
ハッシキもそう告げるのが精一杯だった。ランサがユリシスの身体を抱えあげようとした時にはすでに気を失っていた。お付きの侍女は扉の前で腰を抜かしている。特別な訓練を受けているわけではない、ランサに咎め立てする気はない。
窓が破られている。
「追っても無駄か……」
闇に紛れた暗殺者を捕まえるのは不可能だ。
治癒聖霊術を施し、タオルでユリシスを包む。ランサはユリシスを抱きかかえ、浴室を出る。扉の前にはうなだれたロボの姿があった。何が起こったのかも分かっているようだった。
「また姫様を守れなかった……」
落ち込むのは良く分かるが、今はユリシスの容態が第一だ。
「落ち着いてロボ、一命は取り留められたわ。あえて言うなら仕方なかったとしか……。この浴室は貴方には狭すぎる……」
聖霊術が効果は発揮している。ユリシスの血はすでに止まっていた。
「ここを調べても何も分からないでしょうね」
暗殺者は一撃仕留められないと見るや腕を持って立ち去った。
「あの腕を知っているのはナザレット」
ランサの噛んだ唇に血が滲む。
ユリシスは夢を見ていた。何故夢だと分かったのか? もしかしたら、これはハッシキの夢なのかもしれない。ユリシスは朧気ながら理解した。
豪華なベッドだった。血のような真っ赤なビロードの天蓋が付いている。
眠っているのは小さな金髪の少女。一瞬自分の幼い頃かとも思ったが、髪質が全く違う。ユリシスはまとまりの悪い癖っ毛だが、眠っているこの子はサラサラのストレーと。頬のあたりで切りそろえられている。眠っているので瞳の色は分からないが、可愛らしい寝顔だ。
顔色はやや青ざめているものの、桜色の唇はいかにも柔らかそうだ。
ユリシスが顔を覗き込むと、少女の眉宇が曇る。
その様子を見て、控えていた侍女が慌てて外へと飛び出してくる。
しばらくすると、侍女は白髪白髯の老人を連れて戻ってきた。老人は杖をついている。
「まことか……」
老人は額にかかった金髪をかき上げるようにして額に手を当てる。少女の表情の変化はあれだけで、今はすでに穏やかな寝息を立てている。老人は明らかに落胆した様子だった。
「何か変化があればすぐに知らせるように。ご苦労だった」
それだけを言うと、老人は部屋から出ていってしまった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます