第36話 股肱
瀟洒ではあるが華美ではないその応接室にまずユリシスは好感を抱いた。ランサのミラ家は、趣を愛する家であるらしい。出されている紅茶もかなりの上質で、王都から取り寄せているのは瞭然だ。
しばらくうそうやって寛いでいると、扉が開き、一人の紳士が入ってきた。ランサの父親であるレビッタント・ミラ公爵だ。髪の色も瞳の色もランサと同じ、どうやらランサの容貌は父親譲りらしい。背はそれほど高くはない。
「聖地はまだまだ落ち着かないと聞いておりました。ご来訪痛み入ります」
声音はやや低く、ガラス質だ。通りがとても良く、印象は悪くない。こちらの来訪の目的も知っているはずだが、まず聖地の状況を聞いてくるあたりも心地いい。
確かに今の聖地は慌ただしい。だが、それは緊急時から平時へと移りつつある際の慌ただしさだ。これからはより落ち着いてくる。このタイミングでなければ、ミラ家への来訪は難しかったかもしれない。
「とても頼りになる人を見つけたの。彼のお陰でこうやって貴方にも会えるのよ」
先日面談したアリトリオ・レストロア元公爵が再び謁見に訪れたのだ。
「条件がひとつだけあります」
アリトリオは一言だけそういった。ユリシスは少し身構えたが、それは杞憂であった。
「聖女様にお仕えするのではなく、聖サクレル市国に仕官したいと愚考致しております。お許しくださいましょうか?」
答えはもちろん諾だ。ユリシスが手を差し出すとひざまずきその手を取った。
「あなたを聖サクレル市国執政に任じます。謹んで受けるよう」
アリトリオの就任で市国の体制はある程度見えてきた。祭祀部門と政治部門を分けたのだ。なのでアリトリオは司祭ではなく、信者の一人として政治に携わる。
嬉しい誤算もあった。アリトリオの執政就任を受け、旧レストロア国民の多くが、聖サクレル市国の国籍を取得したのだ。リリーシュタットの新都ベニスラに移る住民を考えると、市国の人口はおおよそ十二万人ほどになるだろうという試算がすでに出ている。
「これはあくまでも試算でございます。増えはしても減りはしません」
早速に、新執政アリトリオは調査を終えていた。
そのタイミングと呼応するようにミラ家からの知らせが入った。
「しばらく、私とランサは聖地を空けるわ。貴方の最初の仕事は留守番になっちゃうけれどもよろしくお願いしますね」
そういう経緯があって、今こうやってユリシスはミラ家の応接室でお茶を飲んでいるという訳だ。
「それでは本題に入りましょうかミラ公爵。知らせを寄越したのですから、応諾と受け取ってもよろしのかしら?」
レビッタントは立ち上がるとひざまずき、胸の前に腕を当てる。これでユリシスの肩の荷がおりた。
「貴方を聖サクレル市国宰相に任命します。謹んで受けるように、これは勅命です」
最初から用意して持ってきていた任命書をランサから受け取るとユリシスはそれをレビッタントへと手渡す。これで決まりだ。
「ただ、よろしいでしょうか、聖女様、一つの懸念と一つのお願いがございます」
ユリシスが先を促す。
「私が宰相で娘が補佐官となれば、ミラ家への風当たりが強くはないでしょうか? いやそれを気にしている訳ではないのですが、私には独裁を敷くつもりはないのです」
ユリシスは首を捻った。それほど大きな問題とは思えなかったからだ。
「ミラ家はリリーシュタット家にとどまるのでしょう? それだったら問題はないわ。あなた一人が仕えるだけなのですから。もちろん、リリーシュタット家とのパイプ役にはなってもらいますけれども」
なるほど、といった表情でレビッタントは頭を垂れる。
「それで一つの問題が解決でございます。それが片付けばもう一つは簡単でございます」
それは後継問題だ。宰相の就任を受け、レビッタントは家督を長男に譲って単身で市国に仕えれば良いからだ。
「そのタイミングですがリリーシュタット王国の新王の即位に合わせて頂ければ幸いかと。息子共々新都に参りたいと存じます。もちろん私は帰国致しません」
ユリシスはレビッタントの申し出をすべて受け入れた。レビッタント・ミラ宰相が万機を総覧し、アリトリオ・レストロア執政が辣腕を振るう体制が出来上がったのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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