第35話 亡国

 アリトリオ・レストロアの表情は流石に疲れて見えた。故国を失った悲哀はユリシスには痛いほどよく分かる。ユリシスの場合は運良く奪還できたからよいものの、アリトリオの場合、レストロアが戻ってくる可能性はそれほど高くはない。


「アリトリオ殿、ここを我が家だと思って、ゆっくりしていただきたい」


 心を込めてはいるものの、ユリシスの言葉もどこか上滑り気味だ。歳の頃は四十手前といったところか。痩身で端正な顔立ちをしている。十五歳で君主の位に着いたと聞いているので、統治歴は二十五年程度になる。その間、大きな波風はなかったときいている。見る限りにおいては、かなり誠実な人柄のようだ。


「ご配慮痛い見入ります。民も受け入れていただけると伺っております。お礼申し上げます」


 アリトリオは立ち上がって頭を下げる。その下げている頭には白髪が目立つ。それがアリトリオを老けて見せているが挙措に老いは感じられない。


「ナザレットとは交渉する予定ではありますが、率直に申し上げて、故地を取り戻すのはかなり難しいでしょう」


 上辺を飾ったところで得は何もない。教団にもリリーシュタット家にも兵を出す余裕などなく、第三国からの援助も厳しい。


「唐突ですがレストロア殿、私に仕える気はありませんか?」


 突然の申し出にアリトリオは戸惑ったようだ。しばらく時間を置いてゆっくりと答える。


「今、ご返答が必要とおっしゃられるのであれば否としか答えようがございません、聖女様」


 むしろそうでなくてはならない。逆にユリシスは手応えを感じはじめている。


「では、どれぐらいの時が必要でしょうか?」


 アリトリオの答えは明快だった。


「民が落ち着くまでお待ち下さい」


 ユリシスはうなずく。


「聖女である以前に、人として私は誠実さを愛する者でありたいと思っています。あなたのお答えをゆっくりとお待ちしましょう」


 ユリシスはランサに向かうと、アリトリオにも聞こえるようなはっきりとした声で命令を下す。


「レストロアからの避難民にはありとあらゆる便宜を図るように、聖女の名をもって命じます。リリーシュタット王国、聖サクレル市国のどちらかの国籍を選択できるようにするのです」


 住民はほとんどの者が宿痾を抱えている。病や障害を抱えているため、この世界の人々特に地方にいくほど旅行者は少ない。一病息災という生き方をしているのだ。病苦を抱えての逃避行となると精神的にも厳しい。特に年寄りにとっては他に持病を持っている者も少なくないはずだ。

 出し惜しみは無しだ、出せる馬車はすべて出したい。

 アリトリオは礼を述べならがら、またお伺いします、と言って退室していった。ユリシスは左手の中指でトントンと机を叩く。


「あはは、ご機嫌だね、ユリシスは」


 ハッシキもランサも知っているのだ。ユリシスがこの仕草をする時の気分を。


「姫様、お茶などいかがですか? 今日も朝から働き詰めですよ」


 そう言われれば朝食から何も食べていない。昼の時間はとうに過ぎてしまっていた。


「ついでに何か甘いものもお願いするわ、ランサ。貴方と私の二人分お願いね」


 ユリシスは立ち上がると執務椅子の後ろにある窓を開けた。風が入ってきて心地がいい。耳を澄ますと名も知らない小鳥がさえずっている。目を凝らすと、槐の木の枝につがいだろうか二羽の小鳥がとまっている。嘴を突き合いながら、身体を寄せている。


「あら、仲良しさんなのね」


 ユリシスが振り向くとお茶を載せたワゴンを押しながらランサが戻ってきた、甘いお菓子とともに。


「どうかしら? 私は脈ありとみているんだけれども」


 着席してティーカップを手に取ったランサとハッシキに聞いた。


「条件としてはどちらも一緒なのでしょうけれども、リリーシュタットに比べて、こちらのほうがしがらみは少ないでしょう。篤実な方とお見受けいたしましたが」


 攻撃された際にも冷静に対応して逃げてきた様子が伺えるし、地方でレジストするのではなくこの王都まで一直線でやってきた判断も間違ってはいない。


「そうね、一国とはいえ地方の中立国で一生を終わる人には見えなかった。活躍の場はいくらでもあるような気がしているわ」


 ユリシスはティーカップをソーサーに戻すと、右手でお菓子をつまんだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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