第34話 市国
「衆議は一決した。皆に聖女様のご加護を」
ゲルゲオのこの一言で会議は終了した。先日三人の会談で話し合われた内容がそのまま反映された形となった。この会議の場で新しい聖地の所在地となる国の名前も発表された。
当初は、ユリシスという名前が候補に上がっていたのだが、それでは紛らわしいし、ユリシスにとっては何となく気恥ずかしい。
「新しい国の名は聖サクレル市国とする」
ゲルゲオの発表に一同がざわめいた。ユリシスが何日も掛けて考えた名前だった。響きも悪くない。
新しいベニスラの造営と教会の建設などの資金は教団とリリーシュタット家、そして各国の相応の分担で拠出される。現在ベニスラに居住する市民には、新しいベニスラに移りリリーシュタット王国の国民になるか、このまま聖サクレルにとどまるのかの選択権が与えられる。
旧ベニスラの規模はそれほど小さなものではない。人口にして約二十万人。世界規模でみても大きな部類に入る大都会だ。
つまり聖サクレル市国は最大で二十万人の独立国となる。遠い将来にはどうなっているのかは分からないが、純粋な宗教国家として運営され、覇権は目指さない、それを国是として発表した。これはユリシスの希望でもある。
各国の代表にはこの場にとどまってもらうか、一旦帰国の後、交代の大臣クラスを人選した上で着任するよう要請された。この戦いに参加しなかった各国へも通達がなされ、公邸と執務室が割り当てられた。
「随分と国元を外してしまいました。私は戻らなければなりません。戻り次第大使を任命しここに送り出すと致します。聖女様にはご創建で」
会議が終わり、一段落した段階でゲルゲオは帰国の途についた。ジオジオーノはしばらくサクレルにとどまると聞いている。新しい王と皇后になる二人がまだ到着していないからだ。それを見届ける必要があるのだ。
「私も甥と姪が即位するまではいないとまずいわよね。早いところミラ家に行きたいのだけれども、こればかりはしようがないわ」
使いの者によると、あと一週間ほどで到着の予定だ。こちらでの準備も整いつつある。とはいっても、旧ベニスラの王城で即位し、新しい城市ができるまでは、とどまる予定になっている。
聖地の奪還の新しい体制の噂も広まっている。避難していた住民や人臣も戻りつつある。教会の復旧はまだまだ進んでいないものの、司教や職員も集まってきている。
聖地の奪還とリリーシュタット家の復興、そして聖サクレル市国の建国などの慶事の中で、凶報もあった。レストロア王国の陥落だ。
ナザレットはベニスラを陥落させた兵を各地の鎮定に向かわせたが、それは陽動だった。こちらの反攻が明らかになった時点で、一箇所に集結しレストロアに攻めかかったのだ。その数は約一万。
「なおナザレット本国からは別に四万の兵がレストロアを攻撃したと聞き及んでいます。合計で約五万。レストロアは二日で陥落した模様です」
レストロアには未だに兵がとどまっているという。住民約五万人は改宗するかレストロアを去るかの選択を迫られており、多くの住民は街を捨てて逃げてきているという。
「その中にはレストロア王も含まれております。こちらに庇護を求める使者が参っております、いかが致しますか?」
ユリシスの答えは決まっている。
「全面的な受け入れを、ありとあらゆる手を尽くして」
聖地と入れ替わりで街が落ちたのだ。判断としては当然だ。レストロア王の処遇については即位する王が決めるのか、ユリシスの判断に任されるのかは分からない。だが今は無事であってくれさえすればそれでいい。
「こちらから迎えを出すように手配して、ランサ」
補佐官としての職務が板に付いてきたのか、ランサはキビキビと仕事を処理していく。見ていてとても心地がいい。今はどこも人手が足りない。ユリシスは自室に大きめの机を持ち込んでそこで執務を行っている。仕事をする場所すら足らないのだ。決済を求める事務官が部屋の前で列をなしている。
現在は非常時だが、落ち着いてくれば人事にも手を着けなければならない。働いてくれさえすればどこの誰でも構わないというわけにはいかないのだ。差別ではなく、ユリシスの身の安全のために選別する必要がある。
過去、暗殺された聖女はいないが、王族、貴族ともなれば暗殺などは常に起こり得る。例えば王族であれば兄弟は皆ライバルだといっていい。立太子すればそれで安泰というわけでもない。挿げ替えなどいつでもできる。そのための血のスペアなのだ。
有能であれば臣下に下り、役人として立身を目指せるが、他の貴族との振り合いもあるので、兄弟すべてを臣下にするのは難しい。では、役人にもなれない王族はどうなるのかというと、一生部屋住みの飼い殺しなのだ。運が良ければ欠地を与えられ貴族として生きていくか、養子という道もあるが、貴族には貴族の結びつきがある。わざわざ面倒な王族を受け入れようとする殊勝な貴族など少ないのが現状なのだ。
今回のように政略的に王位が継承されるケースは稀だ。
「二人は面識があるのかしら? あるわけないわね、いくら従兄妹同士とはいっても」
ユリシスは嘆息しながら決済の書類にサインをしたのだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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