第33話 急峻

 部屋へと引き取ったユリシスはベッドに身体を投げ出す。左手の鉤爪をかざしじっと眺める。光が乱反射して、武具ではなく、ちょっと変わった装飾品のように見える。確かに美しい造形をしているとユリシスは思っている。


「戦いの方が楽なのかもしれないわね……」


 聞きとがめるようにランサが口を挟んでくる。


「姫様、それはちょっと不謹慎かもしれませんよ」


 部屋の中にはユリシスとランサ、ロボ、ハッシキしかいない。


「だってそう思わない?」


 政治は戦闘ほど明快ではない。確かに命のやり取りだ。天秤に命を載せなければならない。模擬戦ならともかく、戦闘とはそういうものだ。頭では分かっているのだが、政治や外交に食傷気味なのは確かだ。ユリシスはまだ若い。老獪な政治家たちにとっては聖女ではあってもただの小娘にしかすぎないのだ。


「だいいち私に務まるものなのかしら?」


 聖女として為政者として……。単なる象徴であるのであれば、聖女の努めは果たせる気はする。神への祈りだって欠かさない。民の平安を願っている。それが政治機構の一つとして聖女を機能させるとなると一体どうすればいいのか全く想像ができないのだ。

 幼少の頃に兆しを受けて、聖女として生きる道しかユリシスにはなかった。王位継承からは早々に外された。帝王学など学んでもいない。


「ユリシスは全部自分でやっちゃう気なの? ボクなら人にまかせちゃうな。だって面倒なんだもの。ユリシスは座っているだけでもいいんじゃないかな?」


 ハッシキの言葉には道理がある。どうやら少し先走って考えていたようだ。


「あの、自薦するようで恐縮なのですが……」


 ランサの提案はユリシスの気持ちを相当軽くしたと言っていい。ランサの父親であるレビッタント・ミラ公爵に意見を求めてはどうか、とランサは言ってくれたのだ。


「もちろん今すぐというわけではありません。敵襲だってあったかもしれないですし、ここ自体が混乱もしています」


 それに各国の代表たちが集まってくる。できれば内々に話しを聞いてみたい。ユリシスは無自覚ではあったが、この時点で聖地と王都を切り離し、統治者として立つ意欲を見せたと言っていい。どのように国を運営していけばいいのか考え始めているからだ。


「それでもできるだけ早い方がいいと思うの。ランサ、使いを出してくれないかしら?」


 本来であるならば、ユリシスが直接ミラ領に赴いて話しを聞きたい。ランサがどんなところで育ったのか見てみたいという好奇心もある。

 しかし、現状がそれを許してくれそうもない。山積する問題が、急にそびえ立ってきたかのような錯覚にとらわれる。いったいどれほどの手間と時間が必要になるのか、考えただけでも頭が痛い。

 ユリシスは父王の苦悩を知らない。

 今は亡き父王は、末娘だった彼女にかなり甘かった。国政の話しなど話題に上がりもしなかった。ただただ可愛がってくれたのだ。

 ランサが部屋から出ていくと、ユリシスはベッドから起き上がり大きく伸びをする。胸を反らして深く呼吸をする。


「なんだか本当に疲れちゃった、甘いものでも欲しい気分ね」


 聖女であり王女でもあった身としてはささやかなわがままだ。思えば、聖女であった期間よりも、この部屋で過ごした時間の方が遥かに長い。外出もせずずっとこの部屋にユリシスはいた。そういえばお気に入りだったぬいぐるみはどこへいってしまったのだろうか。毎晩一緒だった。

 どちらかと言えば引っ込み思案で、それほどだいそれたわがままを言う子でもなかったと自分でも思う。こうしてベッドに腰掛けて本を読んでいたような気がする、時折、部屋の扉を眺めながら。

 ずっと扉を見ていると、父や母がやってきてくれるのではないかと思っていた。扉が開くたびに見返していた気がする。


「あの頃に比べたら、今の方がもっとわがままかも知れないわね。身体だって自由に動く。どこにでも行ける気がする」


 心臓から宿痾が取り除かれた彼女は実際にかなり快活になった。うつむきがちで小声だったが、今では前を向いてはっきりと喋れるようにもなっている。元からあった腕は失ってしまったが、ハッシキがいろいろユリシスに与えてくれたのだ。


「ねえ、ハッシキ、魂でいるのってどんな気分なの?」


 我ながら奇妙な問い掛けだとは思った。ハッシキにも答えようがないのではないだろうか?


「そうだね。多分、誰に宿ったかによって相当に違ってくるんじゃないかな? ユリシスと一緒にいるのは割りと爽快だよ、多分これからもそうなんじゃないかな」


 ユリシスとハッシキが笑い合っていると、ランサが部屋へと戻ってきた。いろいろと手配りをしてきてくれたようだ。


「実家に使者を出しておきました。追って返事がくるかと思います。あちらがどんな状態なのかも気になりましたから半分は私信でもあるのですが」


 ランサは少し照れたように笑いながらユリシスに伝えた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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