第26話 満月
ユリシスは満月を見ていた。まるで手が届きそうだ。煌々と輝くその姿はまるで夜の女神だ。
「姫様、もう起き上がっても大丈夫なのですか?」
ベッドに自分の姿がないのを知ったランサがすぐ後ろに立っていた。
「ごめんさないね、ランサさっきは、なんだか拒絶したみたいで。自分で自分をどうしようもできなかったの。何だか言い訳めいててとてもいやな私ね」
ランサは大きく首を振る。
「姫様は戦われたのです。お疲れが出たところで誰が口を挟みましょうか」
戦ったのはユリシスだけではない。あの場にいた者すべてが戦いに参加していた。ロボだってランサだってそうだ。
「いえ、違うのです。姫様は聖女として戦われていたのです。皆を鼓舞なさっていたのですよ。聖女様がいるだけで、これほど士気が違うものなのか、とジオジオーノ陛下が驚いておいででした」
ランサがユリシスにそっと寄り添ってくる。今度は拒絶したりせず柔らかく受け止める。
「戦ったのはみんな一緒よ。私だけが特別であるはずはないの。確かに初陣だったし、とても疲れたのは本当だけれどもね。聖女の力なんて私には分からないわ」
聖女が戦闘に参加し、実際に剣を握った、前代未聞の戦闘は集結したようだ。ユリシスたちは聖地を取り戻した。こうやって自分が使っていた王宮の部屋で身体を横にして眠っていたのだ。それは確かな事実なのだろうが、浮かれた気分にはなれない。いわばマイナスがゼロに戻っただけなのだから。
「何だかとても静かね。戴冠式の前の夜もこんなに静かだった。あれからずいぶんと時間が過ぎたような気がするわ」
襲撃の前日、この部屋で母親のシンシアと別れを交わし、そして眠りについたのだ。
「私は前の夜は眠れませんでした。緊張もしていたし、姫様がどんな方なのかずっと想像していたのですよ」
ランサは赤くなった顔を俯ける。
「あら、ランサが想像していた聖女ってどういう人だったのかしら? 実際に会ってみて幻滅しなかったのかしら?」
ユリシスは肩を突く。ランサは活発でお転婆だったと言っていただけあって、ユリシスのような華奢な体つきでない。背もユリシスよりは高いし、体つきもすでに女性らしいラインだ。
「姫様は意地悪でございますね。そこもまた魅力なのですけれどね」
小声で聞き取りにくかったがランサの声ははっきりと届いている。
「そうよ、私はわがままなの。知らなかった?」
ユリシスは笑顔になった。笑ったのは久しぶりのような気もする。少なくとも、今日は初めて笑った。
「そう言えば陛下からのご伝言を忘れるところでした。明日ですが、これからどうするかの話し合いがあるそうです。姫様にもご出席していただきたいとお申し出がございました」
ランサは補佐官の表情を取り戻してユリシスに伝える。
「これからどうするのか、か……」
ユリシスに展望があるわけでも、要望があるわけでもない。今回は本当に座っているだけで済みそうだ。ランサが立ち上がろうとした時、ユリシスは不意にその袖をつかんだ。
「ねえ、突然だけれども、月の大きさってどれぐらいだと思う? 私はこれぐらいかしら」
ユリシスは手を胸の前で広げる。ちょうどユリシスの身体の幅ぐらいだ。
「そうですね。私も同じくらいでしょうか。これぐらい?」
ユリシスは親指を立てて、夜空に浮かぶ月に合わせる。
「こうやって指を立てて腕をぎゅっと伸ばしてみてよ」
ランサがユリシスと同じ姿勢を取る。ランサが驚きの声を上げる。
「そうなの実際に見てみると、親指の爪ぐらいの大きさにしか見えないの。不思議よね。もっともっと大きく感じるのにね」
聖女なんて月みたいなものだ。大きく見えるけれども実際は親指の先ぐらいの大きさしかないのだから。
「でも満月って、夜の天空を照らす一番大きな星なのは間違いないのではありませんか? 月があるから皆は道を間違わずに歩いていけるのではないですか?」
月の光は冷たいように見えて実は柔らかく優しい。出来うるならば皆を照らす満月でありたいユリシスの頬を涙が伝った。ようやく流せた涙だった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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