第25話 遺骸
ユリシスは棺の一つに手をかけた。ゆっくりと開く。
中には母親であるシンシアの遺体が横たわっていた。凌辱された形跡もなく、身体に傷跡もない。どうやら毒を飲んで自害したようだ。
「どうしてお逃げになられなかったのですか?」
実際のところは逃げる余裕などなかったのだろう。急ぎ毒をあおぐ時間があっただけ幸いだったのかもしれない。ランサとともに、棺を検めていく。どれも王族やその場にいた貴族たちの遺骸だった。いずれも丁重に扱われたようだ。
「それだけでも感謝すべきなのでしょうね。礼には礼をもって報いねばならないでしょう」
ランサの言葉で、ユリシスは先程まで戦っていた男の死骸にそっと目を向けた。大きく抉られた胸の傷はここからでは分からない。
戦いの緊迫がユリシスを高揚させている。悲しみがこみ上げてはくるものの涙は出ない。あれだけ自分を慈しんでくれた母の遺骸を前にしてさえだ。
ロボが謁見の間へと戻ってきた、ジオジオーノを伴って。彼はユリシスの横に立った。
「お痛ましい限りです。お悔やみ申し上げます」
ユリシスはジオジオーノを見上げた。彼の言葉はユリシスの胸には刺さらなかった。波一つたっていない湖のように、澄んで冷え冷えとしていた。
「あいがとうございます。それで戦況は?」
ユリシスは自分の声音に身の毛がよだった。感情を押しつぶしたような声が謁見の間に響いたからだ。ユリシスは自分自身に戦慄した。ジオジオーノがここにいるのだから、聞くまでもないのだが、ユリシスは戦況を尋ねる。当然、悪いはずはなかった。
「順調です。後続を待つまでもありません。反撃は散発です。まもなく鎮圧できるでしょう」
気を遣ってくれているのだろう、淡々とした喋り口がかえっていたわりのように聞こえてくる。
戦争は外交や政治の延長上にあると聞いた。政治や外交を動かすのは人である。つまりそこには人の条理がある。時として理不尽な物言いで終始したとしても、そこは人の枠からはみ出したりはしない。
だが、戦闘となるとどうなのだろうか?
ユリシスは初陣だった。つまり戦闘経験はない。それに対して最後に戦った相手は歴戦の勇者のように見えた。もちろん体躯にも優れていたし、戦闘にも長けていたはずだ。だが、相手は死に、自分は生きている。
「運? 宿命? 覚悟?」
今回の聖地奪還作戦は成功するだろう。でも戦死者がいないわけでないはずだ。精鋭とは言っていたが、初陣の者だっていたに違いない。生死を分けたのは一体何か?
「ユリシスはよくやったよ。最後はボクなんか背中を押しただけなんだからね。ユリシスは自分で命をつかんだよ」
ハッシキの声が響く。
命のやり取りの最中ではその価値は分からない。生き残ってみなければ見えないものだってあるはずなのに、ユリシスには何も見えてこない。
「お父様、お母様……。愚かなユリシスに教えてくださいませ」
ユリシスは棺に収まっている母親の遺骸に手を差し伸べ揺さぶった。答えなど返ってはこない。
「姫様……」
背中越しにランサが抱きついてくる。
「…ンサ、やめてちょうだ……」
言葉に出そうとして、無理に飲み込んだ。ここでランサに何かいっても八つ当たりでしか無いのは分かっている。自分の見苦しさが見え透いてしまうだけだ。時間を掛ければ元通りになる。今はその時間が欲しい。
不意に気が遠くなった。張り詰めていた心の糸が緩んだのだ。ユリシスはその場に倒れ伏した。
気が付いた時には夜になっていた。部屋は王宮にある自分の使っていた部屋だった。ベッドの脇にロボがうずくまっている。ベッド脇の椅子にはランサが座ってベッドにうつ伏せている。ベッドから身を起こすと、ロボが首をもたげる。
「姫様は疲れていたんだ。無理もない。それのあの状況だ。普通でいるのだって難しかったに違いない。ランサはずっと付きっきりだった。そのまま寝かせておけばいい」
ユリシスはベッドから起き上がると、テラスに通じる扉を開けて外へと出た。喧騒はどこにもない。戦闘がここで行われたのがまるで嘘のような静けさだ。
「ロボ、私、どれぐらい寝ていたのかしら」
ユリシスはロボに問いかける。満月の光がテラスを優しく照らしていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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