第23話 肉迫
ユリシスはゆっくりと一歩を踏み出す。
「姫様、ここは私が」
そういうランサを制して、ユリシスはさらに一歩を踏み出す。大理石を蹴ってやってくる敵の数は三人かあるいは四人。
怖気? 武者震い? 足が震えすくむ。憎しみ? あるいは好奇心? 葛藤? 平静の自分ではないのは確かなようだ。時間がコマ送りに流れていく。
「大丈夫だよ、ボクがいるから」
ユリシスはあの舞踏会を思い出すかのようにぎこちないステップを踏み、ターンする。その瞬間だった。
あの時と同じように腕が輝きだしたのだ。今度ははっきりとわかった。腕は光り輝くと剣状に伸び、ターンとともに敵を薙ぎ払った。
何かに触れる感触、肉を斬る感覚とはこういったものなのか。
ユリシスには狩猟どころか、料理すら経験がない。手に伝わってくる感触はペーパーナイフで手紙の封を切る感触に近かった。腕の剣は鋭利だった。重装歩兵の甲冑を簡単に切り裂いていた。血しぶきが上がる。その血が剣先から肘へと伝わってくる。
「これがあの時、ユリシスを守った力だよ。ボクが持っている力のうちのひとつ」
二人の兵が倒れている。絶命しているようだ。残りの兵は一瞬たじろいだが、ユリシスを見て猛然と襲いかかってくる。ユリシスはその場にしゃがみ込んしまい、身動きが取れない。
「イザロの炎!」
振り向くとランサの掌の上に炎が見える。
「だめ、ランサ」
イザロの炎は汎用聖霊術だ。比較的だれでも使える。しかし、その使い手の練度や能力によって威力の幅が大きい。板切れ一枚燃やせない者もいれば、それこそ街を一つ分吹き飛ばすほどの極大な炎を生み出せもする。ランサは後者だ。この威力で発動すれば王宮ごとなくなってしまう。
「大丈夫です姫様。イザロの炎ティンノウル」
ランサが放った炎は数百の針となり兵士に向かっていく。鎧に突き刺さると一気に燃え上がり、煉獄の炎が兵士を焼き尽くす。
鉄と肉を焼く匂いが廊下に満ちる。ユリシスはまだ立ち上がれないでいる。差し伸ばしてくれたランサの手に捕まりようやく立ち上がる。その間に、ロボが先行し、その牙に掛ける。
「このあたりの兵は一掃したようだ。よくやったと思う、姫様」
初めて人を殺した感触が腕に残っている。震えがさらに大きくなる。戦争だからというのは何か理由にならないようが気がユリシスにはしてきている。もっと単純な人が人を殺す理由。
しかし、今のユリシスには分からない。もしかしたら一生分からないかもしれない。
「戦闘はまだ終わっていません。動けますか姫様?」
ランサの手にすがるように立ち上がると、ユリシスはうなずく。ランサにしても、戦闘に加わったのは初めてだか、自分と比べるととても落ち着いているようにユリシスには見えた。
「私は剣や聖霊術での立会の訓練をしてきました。カカシに向かって打ち込んでいるんだ、そう思い込んで攻撃したので、落ち着いて見えただけです。今にも心臓が飛び出しそうですよ」
ユリシスの法衣の裾についた埃を払いながらランサは先を促す。
「ロボ、待って!」
廊下の突き当りで左右を確認するロボに声を掛ける。
「もう貴方は充分に戦った。それ以上無理をする必要はない」
ユリシスは首を振った。それはまだ自分は戦えるという意志の表明に他ならない。彼女の攻撃はかなり特殊だった。自分でもそう思えるのだから、敵であればなおさらだ。伸縮する剣に間合いは必要ない。
気がつけば腕を落とされ、足は切り離されている。まるで夢でも見ているかのような表情で胸に突き立った剣を見つめ絶命していく。
もちろん敵には嘲りもある。まだ年端もいかない少女なのは身体付きを見ても明らかだし、だいいち鎧すらまとっていない。法衣で戦場に立つ聖職者などいるわけがない。その油断が死へと一歩近づける。
「人殺しに狎れてはいけない。姫様やランサは人殺しを専業とする暗殺者ではない」
ロボが咆哮を上げる。敵は身じろぐ。そこをランサの聖霊術が襲い、ユリシスの剣が突き刺さる。
気が付けばユリシスの身体の震えが止まっていた。戦場が少しだけ見えてきたような気がしていた。
今のところ、ユリシス、ランサそしてロボに怪我はない。戦闘は順調なようだ。進むにつれて敵兵の密度が高くなっている気がするし、敵の熟練度も高くなっているようだ。
謁見の間も近い。普段見慣れていたはずの風景がとても違って見える。それはここが戦場だからだろうか? ユリシスたちは敵を屠りながら一歩一歩、謁見の間へと近づいていく。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます