第21話 城壁
「聖地ベニスラまであと二日ほどです。敵影はいまのろころありません」
注進に及んだ兵士が、幕舎を出るのを確認すると、ジオジオーノはユリシスに向かって微笑みかける。
「どうやらここまでは順調のようです。敵とも遭遇しなかった。どうやら、城に籠もるようですね」
軍は街道脇の平原に幕営を敷いている。普段であれば聖地へ向かう巡礼者がの往来で賑わってくる所まで来ているが、戦争が近いと皆知っているのだろう。人影はなく、味方の騎兵が行き来するだけだ。
「そう言えば、聖女様は城壁を気になさっておられましたね。今、ご説明致しましょうか? お時間はいかがです?」
ユリシスもランサもジオジオーノ申し出にうなずく。
「まずは街の説明からした方が早いでしょうね」
街は人が集まる場所であり、政治や行政から見ればその実施地にあたる。これはそう難しい話しではない。ユリシスやランサにも理解できる。
「これが軍事面から見ると少し変わってきます」
街、特に城壁のある街は最強の防御兵器、すなわち道具なのだ。しかも移動しない目標物である。
ジオジオーノは杯を机の上に置くとそこに果実酒を注いでいく。
「城は言ってみれば動かない杯と同じなのです。こうやって何かを注がないと道具として意味をなさない。当然使い手が必要なのですよ」
そこで今回の作戦で肝要になってくるのが、住民の動向と聖女ユリシスの存在であるとジオジオーノは言うのだ。
現状、住民が虐待されたり虐殺されたという報告は入ってきていない。同じ聖ユイエスト教徒とは言っても宗派に違いがある。強制的に改宗を迫られたという話しも伝わってきていない。かと言って西側諸国に避難してきたとも伝わっていない。途中街道を通ってきたが、聖地から逃れてきたという人々には行き合わなかった。
「つまりこの杯に満たされているのは毒なのですよ。毒と言うと言葉が過ぎるかもしれませんが、住民には手が付けられていない」
敵兵にとっては仕掛けられた聖霊陣の上に座っているようなものなのだ。そしてここにその魔法陣を発動できる人物、すなわち聖女ユリシスがいる。
「もちろんこちらの諜報員も潜入していますから、ちょっと火を放てば大火事になるのです。つまり城壁は無力なのですよ、聖女様。戦場は舞台であり、戦闘の成否は作戦上で決まっている、そう記した兵法書だってあります」
当然ながら、そのような書物などユリシスは知らない。どうやらユリシスの知らないところで作戦は進行しているようだ。
「となると、あとは占拠されている王城だけなのですね、陛下」
それならユリシスも役に立てるだろう。王宮には隠し通路がいくつかある。街から中に入れるものもあったはずだ。これは王家の者しかしらない秘密なのだ。
「我が城もそうなのですが、意外と出入り口はたくさんあるものなのですよ。政事堂や舞踏会場、居館に庭園……。人の出入りも多いだけに入り口一つでは不便ですからね。もちろん排水のための水路だってある」
敵はその入口のすべてを抑えているわけではないだろう。兵力の分散は避けたいに違いない。
「私ならば王城を捨てて、住民を盾にしながらの市街戦を選ぶかもしれません」
その手を取られると住民に被害が出る恐れが出てくる。それだけは避けたい。情報によれば、敵兵は王城にこもっているという一報が入っている。現状をなんとか維持したまま戦闘に突入したい。
「それは私も同様です。戦術的にみても、分散している敵を叩くより、一箇所に集まっている敵を殲滅したほうが効率がいい。もちろん、兵数や兵力が同等以上の場合によりますが……」
敵の数が圧倒的に多い場合は逆に集まられてしまうと手が出せない。各個撃破が基本になる。
「まあ、戦争は生き物だと思ってもらうのがてっとり早いでしょうね。戦うのは人ですから」
戦争は外交の延長線上にあり、政治の最終手段でもある、それが基本だと言うのがジオジオーノの説明だ。
「まあ、戦争のために政治があるわけではない、それだけを知っていただければ今回は充分ですよ、聖女様」
それまで政治には無関心でもあったし、無知でもあった。
幕営を出るユリシスの足取りは少し重かったようだ。ランサは気が付いたようだ。
「姫様、知らなければ知ればいいだけですよ。お気になさる必要はないのではありませんか?」
知らなければ無いのと一緒だが、知っていれば知らないふりだってできるのだ。損はどこにもありはしない。ランサはそう言ってくれているのだ。
ユリシスは空を見上げた。天は高くどこまでも続いていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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