第20話 軍営
軍勢は国境の街バスティを過ぎようとしている。ユリシスは休憩中や食事中、夜のちょっとした時間の幕営には必ず顔を出し、ジオジオーノと話しをするようにしていた。色々とユリシスに教えてくれるのだ。ちょっとした移動講義所のようなものだ。
「戦闘における勝利とは本来、包囲殲滅が基本なのです、聖女様」
そのためには多くの兵が必要になる。城壁で囲まれた街であれば守備する兵の五倍から十倍というのがおおよその数になる。守備する指揮官が有能であればその数はさらに増える。
「その一方で兵は拙速を貴ぶという言葉もあります。スピードがなにより大切という意味ですね」
今回の出征は後者にあたる。
「でも、ベニスラには城壁があるのですよ、陛下。それはどうするのですか?」
ジオジオーノが腕を組んで思案する。まるで出来の悪い生徒を教え諭している教師のような風情だ。彼の本質は謙虚で謹厳なのだろう。こうやって講師役をしている時間がいかにも楽しいといった様子で話しをしてくれる。ユリシスももちろんだが、そばにいるランサも興味深くジオジオーノの話しを聞き入っては質問を繰り返す。
ジオジオーノは感じていた。このユリシスという少女は世間知らずなだけで、性質としてはとても聡明であると。それだけ飲み込みが早いとも言えるが、経験が全く伴っていない。戦争あるいは戦闘がどういったものであるのかよりも先に、この世の中には戦闘行為や戦争という国家間の争いがある、というところから実感してもらわなければ、ねじ曲がった知識を与えてしまいかねないとすら危惧している。
ユリスにしてみれば、家庭教師は軍事はもちろん、政治向きの勉強などさせてはもらえなかった。ランサの場合は勉強はもちろんみっちりとやらされたが、お転婆だったせいもあり、木登りや乗馬の方が好きで頭にあまり入って来なかったという経緯がある。
「聖女には軍事の知識は不要」
平時であればこれは一面では正解だ。聖女は祈り、民衆に祝福を与えるのが大きな責務だ。剣を取っての戦闘が本分ではない。
しかし、今、ユリシスは戦争に赴こうとしている。
人は慈しみ合い、愛し合う。それが人の本性なのだろうとはユリシスには分かるが、また殺し合う生き物でもある。頭は漠然としているが、混乱もしている。
「風は吹き、水は流れる。空は青く、夜は暗い。雲が覆えば雨が降り、雷が鳴る。自然の摂理というやつですね。普遍だと言っていい。人間も自然の一部だという人もいます」
人は普遍? ユリシスにはどうも理解できない。
「人はまた憎しみあったりもしますからね、姫様」
いつも隣りでジオジオーノの講義を聞いているランサにしたところで、戦争はもちろん初めてだ。聖地が陥落し、王族は全滅した。悲しみが先に立ってはいるが、恨みや憎しみがないと言えば嘘になるだろう。
「でも復讐とは違う気がする……」
ユリシスの歯切れは悪い。
「そんなに心配する必要はないと思うよ。身体はないけれども、こうやってボクみたいに魂という存在だってある。普通ではないのは確かだけどね」
ハッシキなりに励ましてくれているのが痛いほど分かるだけに、感情の整理ができないでいる自分がもどかしいユリシスではある。
「ところで姫様、聖女が戦闘に参加した記録ってあるのでしょうか? 私には記憶がないのですが?」
その質問にはジオジオーノが答えてくれた。
「ごく初期。そうですね教団が出来たばかりの時は、実際に聖女が陣頭に立ったと聞きますし、聖なる心臓を持っての逃避行だってあったと記録にはあります。あくまで伝説でしかありませんが」
まさに前代未聞、ユリシスは伝説に並ぼうとしているのだ。
軍は、ユリシスたちが逃亡してきたコースを逆に進むわけではない。森を進めば三分の一程度の時間で聖地ベニスラまでたどり着けるがそれはロボに乗って単騎で進む場合に限られる。
「ここまではグランジウム王国の領土内でしたからそれほどの危険はありませんでしたが、ここからはすでに戦地に入るとお考えください。馬車は使えませんがいかがなさいますか?」
ユリシスはロボを見て頭を撫でる。ジオジオーノの質問は愚問だったようだ。ユリシスには最強の聖獣が付き従っている。
パスディを抜けるとそのまま軍は東へと進む。ユリシスたちが抜けてきた森に突き当たると、街道に沿って南に転進する。そのまま森の南端に沿って進み途中からその向きをを北東に変える。そのまま真っすぐに進めば目的地だ。
「ここからは偵騎を二倍、いや三倍に増やせ。こっちの動きが気取られても構わない。向かってくる敵兵がいれば速やかに注進せよ」
戦機はいよいよ熟しつつある、ユリシスは肌身でそう感じ始めている。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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