第19話 言葉

「戦いはすでに始まっているのです。勇敢な騎士たちよ」


 演説用のテラスにユリシスは立っていた。視線がユリシスに集中する。後方右には、総司令官を務めるゲルゲオ・グランジウムが、左には今回の戦闘で先陣を買って出たジオジオーノ・ザビーネが立っている。

 ユリシスは緊張していた。身体が小刻みに震えている。


「神の名において、この聖女の名において諸兄に伝えましょう。この戦には必ず勝利すると。報いるのは名誉。聖地の重要さは言うまでもないでしょう。蹂躙された彼の地を取り戻すのです。私たちの心の寄ろどころを我らが手に」


 ユリシスはこれだけ大勢の前に出た経験はない。もちろん演説もだ。ゲルゲオやジオジオーノが是が非でもと言ってきたので、引き受けたのだが、テラスに立ち、そこに集まっている騎士たちを見ると思わず足がすくんでしまった。裾の長い法衣でなければ震えているのがバレてしまったに違いない。

 二人のさらに後ろに控えているランサとロボのつい先程の不安そうな表情が思い起こされる。


「これから赴くのは戦場なんだよ。こんなところで怖気づいてどうするのさ?」


 ハッシキが語り掛けてくる。そうだ、ユリシスは自分で決めてここに立っている。後悔しても何も始まらない。


「勇者諸兄とともに私も戦陣に立つでしょう。剣戟の元に蹂躙者は裁断されるのです。さあ剣を取り、槍を掲げなさい」


 草稿があるわけでもないし、ハッシキが代わりに演説してもくれない。ユリシスは自分の言葉で語り掛ける。


 演説用に作られているためだろうか、ユリシスのややか細い声もよく響く。何より、年若い少女の必死の言葉に、しわぶき一つたてず、誰もが真剣に耳を傾けてくれているのが良く分かる。


「栄光は皆の胸に」


 自分ながら拙い演説だとは思うが、ユリシスにはこれば精一杯だ。顎を上げ、手を差し伸べる。

 ユリシスが手を下ろすと、地が震えるような歓声が上がった。少しだけうなずいて後ろを振り向くと、入れ替わるようにゲルゲオがテラスの最前に立つ。皆が静まるのを待って作戦の説明を始めている。


「ちょっと言葉数が足らないような気もしたけれども、健気でよかったんじゃないかな。ボクはそう思うよ」


 ハッシキが茶化してくるが、身体をこわばらせているユリシスにはその言葉すら朧気に聞こえているようだ。


「聖女様、お言葉ありがとうございます。皆、勇気づけられたに違いありません。顔つきが変わっております」


 ジオジオーノが近くに寄ってきて耳打ちする。耳朶が赤くなってくるのが意識できる。


「ではゲルゲオ殿の説明が終わったら出立致しましょう。バスティまでは馬車をご用意致します」


 そこが国境だ、そこから先は、もちろん敵地ではないが、街道を進めば王都であり聖地でもあるベニスラだ。現在は敵の占領下にある。それまでの間に、いつ戦闘が起こってもおかしくはない。


「今のところ、敵がこちらに向かっているという報告はありませんが、用心は必要です。作戦は道々ご説明致しましょう」


 騎士たちに説明を終えたゲルゲオが戻ってきた。


「こちらも兵の編成を急ぐとしましょう。何、すぐに追いつきます。なんなら追い抜いてもいいくらいです。ジオジオーノ陛下」


 知己という訳ではないが、リリーシュタット家の相婿でもある。当人同士の結びつきと言うより、国と国とのつながりは深いといっていい間柄だ。


「聖女様がご出陣になる。先程の言葉を記した書面を持たせて各国に伝令を送るように。ナザレットにもそれとなく伝わるように噂をばらまけ」


 今回の襲撃では先手をとられたままだ。まずは情報で巻き返しつつ、相手を混乱させる意図があるようだ。


「王太子、残念ながら噂が広まるより先に、聖地を奪還しているかもしれませんよ。我が騎士団は精鋭。聖地には僅かな兵しか残っていないという情報も得ていますからね」


 ジオジオーノは身体を反らす。体躯ではゲルゲオには劣っているものの、その身体はしなやかで身のこなしも軽快だ。陣頭に立つだけの気概も持っている。


「ところで聖女様に補佐官殿」


 ゲルゲオは二人に質問があるようだ。


「お召し物はいかがなさいますか?」


 女性騎士がいないわけではないが、二人とも十代の半ば、身体にあう鎧兜となると既製品になる。


「不要です。どのみちこの身体です。身動きが取れなくなって見苦しいだけですから。ランサはどうするの?」


 振り向くとランサも首を振っている。このままでいいようだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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