第18話 身命
「あの時私は腕を失ったのよお姉さま。右腕は肩から、左腕は肘から先。でも再生してこのハッシキという魂が宿ったの」
二つの意識で一つの身体を共有しているという言葉が感覚としては近い。
「二つの腕を魂で共有するときに、神経回廊を開いた。その時に心臓に欠陥を見つけたのでボクが修復したんだよ」
ハッシキは何気なくいうが、ヒールなど治癒系聖霊術は発達していてもそれでは治せない。外科手術もそれほど発展しているわけではないのだ。
「ハッシキにはうっすらとした記憶しかない。でも確かに私の腕に宿ってる。力になってくれているの。あの時だって、間違いなく死んでいたわ、私」
トリサマサが優しく灰色の手をさする。
「奇縁としか言いようがないわね。経緯は分からないけれども、貴方たちが二人でひとつなのは良く分かったわ。ユリシスをよろしくねハッシキ」
トリサマサは手を離すと、ユリシスの後ろに控えているランサとロボにも声を掛ける。
「あなたちも知っているでしょうけれども、ユリシスはとても世間知らずよ。貴方たちがいなければ、とてもこの地にすらたどり着けなかったのも確かだわ。ユリシスをよろしくお願いしますね。二人も決して無理はしないように」
いくら聖女とはいえ、トリサマサにとっては、ユリシスは歳の離れた可愛い妹でしかない。戦場へ赴くと聞いては平静ではいられないのも無理はない。思いとどまってくれればと思う一方で、ユリシスの表情を見て、翻意は無理だとも悟ったようだ。
ランサとロボにとっても会議のユリシスの行動は驚きだった。どちらかと言えば引っ込み思案で大人しい、それが二人のユリシスの印象だったのだから。華奢な身体はとても戦闘向きだとも思えない。事実、ユリシスは剣術などの鍛錬を積んだ経験は全くない。もちろん、戦場がどんなところであるのかなど知りようもない。その点に関してはランサにしてもロボにしても同様だ。教会からの脱出はただ逃げ出してきただけなので、戦場経験とは程遠い。
ただし、ロボに関して言えば聖女の護衛という性質上、かなり高い戦闘能力がある。ランサにしても帝国でも指折りの聖霊術師だ。自分の身は自分で守れるぐらいの心づもりは持っている。
「身命に代えて姫様をお守り致します。私もロボも決して離れは致しません」
ランサの言葉尻をとらえるようにトリサマサが釘を刺す。
「身命に代えてなどとは言ってはなりませんよランサ。貴方やロボがいなくなったら、ユリシスがとても悲しむでしょうからね」
トリサマサの言葉に、ユリシスもランサも少しだけ頬を染める。出陣という言葉が全く似つかわしくない可憐な少女二人だ。せめて笑って送り出したい、トリサマサの心遣いだ。
「皆、生きるのですよ。名誉な死など許しませんから。恥を忍んでも生きるのです。そうね戦いが終わったらみんなでパーティをしましょう。それがいいわ」
長姉のネスターはランド王家に、三姉のプレドリアはザビーネ王国へとそれぞれ嫁いでいる。今回の作戦には二か国も参加する。
「お姉さまを呼びつけるのですね。よい考えです」
ユリシスはようやく笑顔を見せた。
「今から出立すると聞いています。少し早すぎはしないのですか? タイミングとして、もっと軍勢が整ってからでも遅くはないのでは?」
トリサマサの心配は当然だ。もちろん軍事に口を差し挟む筋合いはないし、熟練している訳でもないが、今回の出陣はいかにも唐突な印象は拭えない。
「むしろ今しかないと思っているわ、お姉さま。それに、私はもう決めたのよ、今出陣するって」
淀みなく答えるユリシスの視線はどこか遠くを見ているようだった。トリサマサにはユリシスが何を見つめているのかは分からない。でもそれは聖女の重責の一つなのだろうと推測できた。ユリシスなりに、今やらなければ大きな悔恨となるのだろう、ぐらいは分かる。
リリーシュタット王国は、主に西側を占める救済派各国の中では最も東側にあるが、これまで比較的平穏な治世が行われてきた。今回は建国以来の国難といってもいい。その試練に行き当たったのは単なる偶然ではない気がユリシスにはし始めてている。
「今、聖地に向かわなければ、私一生後悔する気がする。私が聖女だからそう言っているのではないの」
両親に兄弟を殺された恨みとは少し違う感覚だ。もちろん、悔しいし憎しみだってある。聖地を奪還できたとしても、もう会えないのだ。
「私は非力で世間知らず。でも聖女でもある。その務めを果たしたいという気持ちはもちろんあるの。でも、それとは違う何かを感じているのも確かなのよ。まだ何もわからないけど」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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