第17話 沸騰
「覚悟、決まったみたいだね、ユリシス。それじゃあボクはちょっとだけ背中を押すとするよ。立ち上がってごらん」
ユリシスはハッシキの言葉に促されるままに立ち上がる。ユリシスの行動に、会議場の衆目があつまる。
「手袋を取るんだ、ユリシス」
言葉に従って手袋を外し、袖をまくると、ユリシスはその両手を前に差し出す。
「お集まりの諸兄にはお聞きいただきたい。聖女ユリシスはこの戦いの先頭に立つ、そう決意した」
ユリシスの発した言葉に、誰もが驚きを隠せない。言葉の内容も驚きではあったが、何より声がユリシスのものでもなかったからだ。
「この腕を見て欲しい」
灰色の手に注目が集まる。声を出しているのはユリシスではなくハッシキだ。その不思議な現象を周囲は受け入れられない様子で、じっとユリシスを見つめている。
「聖女戴冠式の夜、ユリシスは襲撃を受け、両腕を失った。命を失うその寸前、腕が再生し、魂が宿った。それがこのボクだ。この腕には敵をなぎ倒す力が備わっている。ユリシスは戦える。聖女はこの腕で聖地を奪還するだろう」
ざわついていた会場が再び静まり返る。ユリシスは胸の内でハッシキに声を掛ける。
「もう、後戻りはできないわね。でも、力って何? ハッシキは何かできるの?」
決意は決意としてそれでいい。だが、戦いとなるとユリシス自身には難しいように思える。剣はおろかナイフすら握った経験すらないのだから。ユリシスの不安をよそに、静まり返っていた会議場が沸騰したかのようにユリシスを称賛する声で満ち溢れた。
「聖女様……」
その場にいた者すべてが席を立ちひざまずいて首を垂れる。
その中で一人だけ、ユリシスの前に進んできた者がいる。ジオジオーノ・ザビーネだ。
「聖女様におかれましては、その決断、誠にお見事なお心でございます。不肖ジオジオーノ・ザビーネ、聖女様にお願いの儀がございます。聖女様には戦陣にあって先頭に立たれるとのご決意。願わくば、我が軍に露払いをお命じくださいますよ」
ジオジオーノの願いに、ユリシスの答えは明快だった。
「許します」
この一言でジオジオーノは大きな名誉を得た。もちろん先陣を受け持つからには戦果を挙げなければここでの名誉は逆に恥となる。それを承知していない訳ではもちろんないが、この機会を無駄にできるはずもない。
「それでは第二陣は我が国が受け持たせていただきます。聖女様」
進み出てジオジオーノの後ろに控えたのはゲルゲオ・グランジウムだ。会議の開催国でもあるし、ユリシスの次姉の嫁ぎ先でもある。まずは妥当なところ言っていい。
「それで、聖女様、ご出陣はいつになさいますか?」
この問い掛けにもユリシスは明確に答えを出す。
「今からです」
ユリシスの言葉にジオジオーノとゲルゲオは喜色を浮かべる。ゲルゲオが声を上げる。
「出陣だ。触れを出せ! 陣は街道を南回りに森の縁を沿って聖地を目指す。遅れてくる軍は順次編成する。その間に偵騎を放ってさらなる情報を集める」
行き掛かり上、ゲルゲオが総指揮官のような立場になったが、第二陣いわば中軍を率いるのだから当然ではある。他の国は兵を率いていない。
ドアをノックする音にユリシスは振り返った。一旦、部屋に下がって服を着替えていたのだ。教会から黒の司祭服を借り受けた。もちろんランサの分も合わせて二着だ。
声を掛けると扉が開いた。入って来たのはトリサマサだ。
「ユリシス、聖女として先陣に立つと聞きました。大丈夫なのですか? あなたには胸に宿痾があるのですよ」
ユリシスはトリサマサの手を握りしめる。
「隠すつもりななかったの。でもごめんなさいお姉さま」
ユリシスは改めてハッシキを紹介する。
「はじめまして王太子妃殿下。ボクはハッシキといいます。ユリシスの腕に宿った魂です。どうしてこんな形になったのかは聞かないでください。ボクにも分からないのですから」
トリサマサの手に力がこもった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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