第16話 覚悟
ザビーネ国王ジオジオーノの言葉で会議は急展開しはじめた。聖地奪還ともなれば当然、戦闘になる。ここに兵を伴っているのはザビーネ王国だけだといってもいい。開催地であるグランジウム王国は当然兵を出せるが、それでも即時という訳にはいかない。
「我が国は聖地奪回の尖兵となる。選りすぐりの精鋭、約二千名を伴っている」
ジオジオーノの言葉に会場は騒然となったと言っていい。各国の代表の中にはその場から国元に急使を出す者もいる。その中にあってユリシスだけは静かに着席していた。話の展開に驚いてもいたし、内容が良く理解できなかったせいでもある。
「ユリシス、聞いてる?」
突然、ハッシキがユリシスの心に語り掛けてきた。声が胸の中で響く。
「聞いているわよ。良く分からないけど……」
ハッシキが笑い声をあげる。
「いや違うんだよ、ユリシス。ボクの声が届いているか、聞いてみたんだよ。ボクだって会議の内容は良く分からないんだからね」
ユリシスは俯き、ぎゅっと手を握りしめる。顔が赤面してくるのが自分でも分かる。大切な会議の場なのに、内容もほとんど分からず、しかもハッシキの言葉を勘違いするなんてとても恥ずかしい。
「ところでユリシス、聞いておきたいんだけど」
ハッシキの声があらたまり緊張を帯びるのがユリシスにも分かった。
「ユリシスはどうするの? 戦うの? それともここで待っているだけなのかな?」
ユリシスは意表をつかれたと言ってもいいだろう。会議に参加して、話しは聖地奪回へと向かっている。おそらくこのままだと軍事行動にまで発展するだろう。では、その時ユリシス自身はどうするのか? 会議に参加していながらも、ただ話しを漫然と聞き流しているだけで何も考えていなかったのだ。ハッシキの言葉の意味を取り違えて赤面している場合ではない。
「私は自分の手で聖地を取り戻したい。でも……」
それが自分にできるのかどうか分からない。自分に何ができるのかすら分からない。だから言葉に詰まった。
「すべては君の意思次第。好きなようにすればいいんだ。ただ、もし戦いに参加するのであれば条件があるようにボクには思える」
条件と言われても、ユリシスには判然としない。この席に座っているのすら不自然だと思えるぐらいなのだ。
「そう、今、君はこの席に座っているよね? それは君が聖女だからだろう?」
そうなのだ。ユリシスはリリーシュタット家の生き残りとしてここに座っているのではない。周囲の人が敬意を払ってくれるのは自分が聖女だからなのだ。ただの亡国の王女であるのならばこの席に座る権利はない。事実、姉のトリサマサの姿はここにはない。ただかくまってもらえさえすれば何不自由ない生活を送っていけるはずなのだ。グランジウム王国にとって王太子の妃であるトリサマサの妹を養っていくなど造作もない。
「……覚悟が必要なのね」
今までユリシスには足らなかった感覚。いや足らないというよりも欠落していた感情だ。
テーブルが遠く小さくなる。会議に参加している人々の言葉すら耳には届かない。身振り手振りが緩慢に見える。時間が緩やかに流れていく。
王家の滅亡、教会の破壊と聖地の陥落、腕の喪失そして再生、命を拾い逃亡してきた。温かく迎え入れてくれた人たち。祈りを捧げる自分。その自分を遠巻きに見つめる人々、姉との再会に涙。そしてこの会議。ユリシスは力を与えられ、与えらえた力で命を刈り取る。
「戦場に立つ、それは命を奪う……」
ユリシスの声は小さい。
「そうなんだよユリシス。戦場に立てば、君の手は血にまみれる」
敵兵にも両親がいる、恋人がいる、妻がいて子供だっているかもしれない。故郷に戻れば普通の生活が待っているかもしれない人々たちなのだ。戦争は命と命の削り合いだ。
不意にユリシスのまぶたの裏にイザロの業火に焼かれる神の姿が映った。無意識のうちにユリシスは指を組み合わせ祈りの姿勢を取り、焼かれる神の姿をじっと見ていた。
神の唇が微かに動く。
何を伝えようとしているのか分からない。それほど微かな動きだ。もちろん声は届かない。静寂の中の厳かな時間が流れる。声を聞こうと目をつぶる。生き物のようにうごめく炎がユリシスの身にも迫ってくるのを感じる。
「熱い。この感触はいったい何?」
ユリシスは再び目を開いた。
目の前に神の姿があった。ユリシスを見て微笑んでいた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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