第14話 次姉

 車窓から眺めるグランジウム王国の都ベリスタンドは殷賑と言ってよかった。気候も温暖で、西側随一の農業国として知られているだけはある。街は王宮に近づくにつれ、白を基調にしたものが多く見受けられるようになった。

 馬車は王都の門を潜り、大通りを通り官庁街を抜けた。なるべく人の目に留まらぬよう地味な馬車をしつらえてもらったのだが、いかにもロボの姿は目立つ。


「こればかりはどうにもなりませんね、姫様。あの身体では馬車には乗れませんし、擬態もできません。もちろんロボ自身は守護聖獣なので、おそばから離れもしないでしょうから」


 ランサは少し微笑んだ。

 道中の話題は、やはりこれからの成り行きに終始した。とはいっても、ユリシスは政治にも軍事にも疎いどころか世情や世の中の仕組みにすら関心を払って生きてはこなかった。ランサにしてもユリシスと同年代、多少はましといったところなのだ。


「情に訴えれば何とかなる、とは思わない方がよいでしょうね。そもそも、各国が集まるとは言っても、その会談に参加させてもらえるかどうかすらわからないのですから」


 確かに今のユリシスに意見を求められても、どれほど答えられるかと問われれば、ほとんどないと言える。ただ、何かしらの決断をしなければならなという予感がユリシスにはある。


「何らかの動きがあるのは確実でしょうし、王国の情報を得られるだけでもとてもありがたいと思わなければならないわね。私たちは我が身一つの手ぶらなのですから」


 世間知らずでいけばハッシキもそうだ。自分自身が何者であるのかすら分かっていない。その、ハッシキをどのように紹介すればいいのかも話題の一つだった。


「いずれ、しかるべき時がくれば、ぐらいでいいとボクは思うよ。無理して隠し立てする必要もないんだけれども、宣伝する意味だってないからね」


 とりあえず当面は秘密にしておいても問題はない。手袋さえしてれば肌の色も気付かれはしないだろう。

 馬車の扉が開く。左右には儀仗兵がずらりと並んでいた。右側には剣、左側には斧。その正面には一人の偉丈夫が待ち構えていた。両手でスカートの裾を軽く持ち上げる。


「亡国の子女が逃れて参りました。この窮鳥をお迎えくださり感謝に堪えません王太子殿下」


 年は三十歳少し前、筋骨逞しく、通った鼻梁と黒い瞳から意志の強さがにじみ出る。ユリシスの次姉トリサマサの夫であるゲルゲオ・グランジウムその人だ。父王からの信頼も厚く、近々譲位されるのではないかと言われ、事実、国政全般に手腕を振るっていると言われている。見た目とは違って声はしっとりと落ち着いており、とても理知的だ。


「聖女様におかれましてはまずはお寛ぎを。ですがご存じでしょうが、事態は少しずつ動いております。いつ急変するかもしれません。しっかりとしたお心持ちが必要かと愚考致しております」


 当然ながら権力としては各国国王が上位ではあるが、こと権威に関していえば、聖女が高位にあたる。ゲルゲオが慇懃なのはそのためだ。聖女と同等なのはナザレット教皇国の教皇パディクト・クルクトだけだと言っていいだろう。

 ユリシスが歩き出すと、ゲルゲオはやや右後方を歩く。胸板は分厚く、腰回りも逞しい。手足は長いがかなり華奢な体格のユリシスなどはまるで子供の様だ。頭が胸元に届くかどうかほどの身長さがある。

 先導する従者に案内されるまま部屋に入ると、そこには一人の淑女が待ち構えていた。

 ユリシスを見ると、手にした扇をテーブルに置き、急いで立ち上がり近付いてくる。


「お姉さま!」


 ユリシスはまるで子供のように、両手を広げその胸に飛び込んだ。次姉のトリサマサが部屋で待っていてくれたのだ。


「最初に知らせが飛び込んできた時には心臓が止まるかと思いました。貴方だけでも無事でよかった……」


 最後の言葉は途切れがちだった。トリサマサにしても両親はじめ何人もの親族を失ったのだ。二人の両頬に涙が伝う。


「ほとんど光を失ったこの眼からでも涙は流れるものなのですね。幾夜貴方の到着を待ち望み泣き過ごしたか、数えきれないくらいです」


 トリサマサは生まれつき右目に宿痾を抱えている。今はほとんど視力を失っているはずだ。幾分、右目の方が色素が薄い。


「ですが、この先、事態はどう動くか予断を許さないと我が夫は言っていました。辛いでしょうがあなたは聖女。気持ちを強く持たなければならない時なのかもしれません」


 二人はよく似ている。髪も瞳も同じ色だ。ユリシスは心臓に宿痾を抱えていた関係もり、ほとんど身体を動かしてこなかった、そのため、やや発育不全で、トリサマサの方がより女性的な身体のラインをしている。

 トリサマサは王宮の最期などを尋ねてきたが、混乱の中にあったユリシスはその様子すら知らない。教会での襲撃の模様をランサがトリサマサに静かに語る。ランサが語っている間も、二人は手を握り合い、じっと見つめあっていた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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