第13話 接見
「伝令の使者が戻って参りました。接見なさいますか?」
領主公邸で世話をしてくれている侍女からそう告げられたのは、この地に着いてから五日ほど経った日の午後だった。
それまでの間、午前中は教会に足を向けて祈りを捧げ、午後は公邸の部屋でひっそりと過ごした。逃れてきた聖女がこの街でかくまわれている、その噂はロボの姿で事実であると喧伝された。教会にも住人からの問い合わせがあった。
ごく一般の聖女に謁見できる機会など一生にあるかないかだ。しかもここはユリシスにとっては異国だ。次にいつ滞在するのか住民にとっては分かりようもない。
「できれば信者にお言葉を賜りたいのですが……」
教会司祭からの申し出があったが、心ならずもユリシスは断り続けた。亡国の一少女でもあるユリシスに語るべき言葉などなかったのだ。信者たちは落胆したが、それでもユリシスの境遇を思い、祈りの姿を遠くから見つめ、涙を流してくれた。それは優しさといたわりのひとつの形だった。
「ありがとう、そしてごめんなさい……」
ユリシスは神の前に跪き、ただそう呟き続けた。
「本当のところ、教会も控えてもらえればと思っているのだ」
片時もそばから離れるわけにはいかない、そう訴えるロボをなんとか説得しての教会通いだった。
「馬車をお使いになっていただいても構わないのですよ」
領主のありがたい心遣いもあったのだが、ユリシスは教会には徒歩で向かった、住民が身にまとう質素な姿で。
「お召替えをなさってからでもよろしいのではありませんか?」
ユリシスと似たような服に身を包んでいるランサはそう言ってくれたのだが、ユリシスの気は急いていた。早く使者の言葉を聞きたかった。領主執務室に案内されると、領主の前に一人の男が膝をついていた。
「ひとまずは吉報と言ったところでしょうか」
部屋に入ったユリシスを領主は笑顔で迎え入れる。
聖女と対面する緊張が勝っているのだろう、疲労の色を見せながらも使者ははっきりとした口調でしゃべり始めた。
「本来であればお声がけいただくなど恐惶の極みでごさいますが、謹んで申し上げます。我が主、グランジウム王国太子ゲルゲオは、いたく心痛しながらも、聖女様のご無事に胸をなでおろしております。ぜひ王都ベリスタンドまで足をお運びください。すでに聖地奪還に向け、諸国に使者を派遣しております」
ユリシスの憶測にしか過ぎないが、グランジウム王国はかなり正確に聖地の情報をつかんでもいるのだろう。
「使者殿には私の姉にはお会いになられましたか?」
使者は深く頭を下げた。
「私に敬称も敬語も不要でございます聖女様。私は直接、王太子妃に謁見できる身分ではございません。伝え聞いたところによれば聖女様の身を案じており、一刻も早い再会を望んでいるとだけ承っております」
ある意味、聖地を逃げ出してきた聖女など厄介の種にもなり得るだけに、ありがたい言葉だ。ユリシスが礼を言うと、使者は一段と恐縮した様子を見せた。
「ご苦労であった。疲れてもいるだろう。下がってゆっくりと休むがよかろう」
鷹揚に領主は使者を下げると、ユリシスに向き直る。
「それで聖女様にはいつご出立を?」
今すぐにでも、そう答えたいところではあるユリシスではあったが、日はすでに傾きかけている。ロボにまたがっていけば、かなりの速さで王都に着けるだろうが、ここから先は逃避行とは違う。
「できるだけ急ぎたいと思っています。馬車を一台、融通していただけないでしょうか?」
ユリシスの言葉に領主は頷く。その領主に向かってユリシスの後ろに控えていたランサが声を掛ける。
「全く不案内で申し訳ないのですが、ここから王都まではどれほどかかるのでしょう?」
ユリシスはもちろんだが、ランサにとっても初めての異国だ。知識として地理地名は頭には入っていても、実感に乏しい。
「まず何も問題なければ一週間といったところでしょう。お急ぎになるお心は良く理解できますが、準備も必要です。いかがでしょうか、準備に明日一日、明後日に出発という段取りでは?」
領主もかなり急いでくれているのが伝わってくる。
「お心遣いに感謝いたします。すべてお任せ致しますので、よろしくお取り計らいください」
ユリシスとランサはお互いを見遣ると、領主に向かって頭を下げた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます