第12話 聖痕
ユリシスは教会の大聖堂で祈りを捧げていた。ユリシスの後ろには護衛のためにロボが控えている。静寂の中にあって、ユリシスの鼓動と吐息だけが静かに壁に吸い込まれていく。
人民のためなのか、国のためなのか、自分のためなのか……。祈っていると思いが混在しはじめ、やがて深い瞑想状態へと落ちていく。
ユリスの前には火刑に処される神の像が安置されている。
教団発足時、弟子すら数名しかいなかった始まりの時代、邪教を広めるものとして、一人の男が捕らえられ処刑された。最も重い火刑であった。その男はユイエストと名乗っていた。後に神と崇められる人物だ。
火はイザロという下級役人が放ったとされ、神を包む火はイザロの炎と呼ばれている。火刑に処せられ、まだくすぶっている炎の中に、脈打つ心臓が残っていた。ユイエストを焼いたその炎と共に、焼け残った心臓が安置されている場所が聖地だと言われている。持ち帰ったのは神の母とも妹とも憶測されているが、伝説にかすんで確証はどこにもない。
ふと服の裾を引かれるような感覚がして意識が瞑想から引きはがされる。
逃避行が思い起こされたのだ。
王都を逃げ出してこの地にたどり着くまでに十数日程度ではあったが、初めての外出でもあった。ユリシスにとって、すべてが未体験だったのだ。
あれは王都を脱出してどれぐらい経っていただろうか。森の中でこんこんと湧く小さな泉を見つけたのだ。ロボがその泉に口をつっこむと波紋がゆっくと広がり、また戻って来る。
「大丈夫、飲めるようだ」
ユリシスは灰色の手で水をすくって、口へと運ぶ。水は冷たく研ぎ澄まされた剣のように清冽だった。ただ不思議と喉を過ぎると角がとれたように柔らかな口当たりが残った。
「こんな水、飲むの初めてだわ。水なんてどこでも同じだと思っていたのに」
ユリシスは知らなかっただろうが、王宮では一度沸かされた水が供されていた。その味気ない水とは違っていて当然だ。もう一口と泉に手を差し入れた時、ハッシキがユリシスに聞いてきた。
「ねえ、聖女ってどうやってなるの? 代々王族から任命されるものなのかな?」
ユリシスは水を口に含むと、手を拭いながら首を振る。
「聖女はなるのでもなく、任命されるのでもないの。決まっているのよ宿命として」
漠然すぎて分からないというハッシキの感覚がユリシスには伝わってくる。
「聖痕が身体に刻まれるのよ」
それは最初は小さなホクロほどの大きさだった。そのホクロが少しずつ大きくなり、植物の種のような大きさにまでなる。
「先代の聖女様がその生に終わりを感じた時に、その種は聖女となるべき少女の身に宿るという人もいれば、最初から宿っているという人もいて意見は分かれているの」
その種は時が過ぎるとやがて成長し、双葉となり花開く。それが聖女の証となるのだ。
「ユリシスの腰にあるヤマユリの花の紋様がその証だったんだね」
王女様が入れ墨なんて、なんとなく不謹慎でもあるような気がしていて聞きづらかったのだとハッシキは笑う。
「そうね、胸元だったりうなじだったり、内股だったりと人それぞれだと記録にはあるわ。私はたまたま腰だった。もし腕に出てたら切り落とされていたでしょうね、あの襲撃の夜に」
初代の聖女は聖なる心臓を守ったユイエストの母か妹と伝承されており、同じように身体に紋様があったという。
「比較的だけれども、聖女として選ばれるのはリリーシュタット王国民が多いみたいね。年齢は十歳から十五歳ぐらいまでかしら。私に最初の兆候が表れたのは十歳。それが時間をかけて成長したの」
ユリシスは今年で十五歳になる。聖女として選ばれてきた少女たちの中では早い部類に入るだろう。
「聖女として選ばれたのは宿命みたいなものね。生まれが王族っていうのがたまたまみたいなものだと思っているわ」
ただ、ユリシスにとって聖女であった期間はあまりにも短く、正直なところ実感が伴っていない。聖女とは何者であるのか? 良く分からないのだ。
「何かしらの務めというか、果たすべき大切な何かがあるのは分かっているの。でもまだ、はっきりとしている訳ではないのが、ものすごくもどかしいって思っているわ。いつかきっと分かるはず」
ユリシスは我に返った。祈りの途中でったのに気が付くまでにしばらくの時間が必要だった。ユリシスは立ち上がろうとしたが、まるで身体が床と一体化してしまったかのように動かない。
首を挙げると今にも動き出しそうな炎に包まれた神の石像と目が合った。苦悶に満ちた表情はユリシスに何かを告げようとしているようにも見えた。ユリシスはゆっくと立ち上がった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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