第11話 矜持
ランサの小さくて温かい手だ。青みがかった淡い灰色の手の甲に涙が落ちる。
「そうね。こんなところで私、気弱になるなんて。ごめんなさい、ランサ、ハッシキ」
ランサは手を強く握り、首を振る。
「いえ、君はいつでも泣いていい。ただの女の子に戻りたいときはいつでもね。ボクの手ですくえるくらいの涙ならいつだって」
馬車は揺れ、領主公邸へと向かっている。ユリシスの感情の高ぶりを察知したのだろう。外を眺めるとロボが並走し、その漆黒の瞳をこちらへ向け微笑んでいる。
やがて馬車は止まり、扉が開かれる。公邸の玄関には、この地の領主と思しき人物が立っていた。
「まずはご無事で何よりでした、聖女様。この度は誠に痛恨の極みにございます。ですが、ここまでこられたからにはご安心ください。何なりとお申し出くだされば力をお尽くし致します。お疲れでしょう。お部屋をご用意致しておりますのでまずは」
ユリシス一行は部屋へと通された。それほど長逗留する予定はないので、ランサと同じ部屋でも全く問題はない。部屋は簡素だが上質だった。ベッドの上にはそれぞれに着替えが用意されていた。法衣ではないが上級貴族の普段着だ。着替えを済ませると、ユリシスは思わずベッドに倒れ伏した。柔らかく清潔なシーツが頬に心地いい。
ドアのノックの音でユリシスは目を覚ました。隣のベッドを見ると、ランサも起き上がろうとしている。どうやら二人とも少しの間眠っていたようだ。ランサはベッドから起き上がると、スカートの裾を少し払ってから扉を開いた。
「姫様、こちらの領主が面談を求めているようです。いかがなさいましょうか?」
ユリシスは頷くと立ち上がった。
「いい、ハッシキ、面談では大人しくしていてね。しかるべき時がくれば、みんなに伝えたいと思ってるのだけど、今はまだ早い気がするの」
ユリシスが手を撫でると、小指が小さく動いた。これがハッシキなりの了解の合図なのだろう。
応接室にはすでに領主が待ったいた。手を差し出してくる。ユリシスはゆっくりと領主の手を握る。その際、わずかの間、手に視線を落とし、ユリシスの顔に目をやった。自ら得心がいったのだろう。領主は後ろに控える侍女に目語すると、侍女は三人にお茶を出し部屋から出ていく。その姿を確認すると、領主はお茶を勧めながら語り始める。
「まだ情報収集中ですが、聖女様を含めリリーシュタット王家は全滅した、そう聞いておりました。贖罪派は極大聖霊術を使用した奇襲を行い、なすすべもなかったとも。とにもかくにも聖女様がご無事だったのは不幸中の幸い。我々の希望の光はまだ灯っていると申せます」
極大聖霊術には膨大な手間と暇が必要になる。それだけに周到に用意されていたのだ。戴冠式である新月の夜を狙ったのもその証拠だとも言えるだろう。ナザレット教皇国は東方でも随一の強国だ。その国が腰を据えてきたのだ。
「故郷はともかくとして、聖地を早く取り戻さなければと考えています。そのためには貴国をはじめ協力が必要なのです」
贖罪派はかなりの覚悟で攻めてきた。交渉で聖地が戻ってくる可能性は低く、聖女であるユリシスの命すら狙ってくるだろう。であるのならば早いうちに聖地への逆攻勢を掛けるべきだろう。もちろん、ユリシスは軍人でもなければ戦略に優れているわけでもない。
「でも私が生き残ったのは何かの奇縁かもしれません」
故郷と教会を失っても聖女としての矜持が自分にはあるのだろうか? そう思いつつも、ユリシスの口調は熱を帯び始めるのが自分でも意識できた。
「急ぎゲルゲオ王太子にお取次ぎを。ご存じかとは思いますが、私の姉であるトリサマサが太子に嫁いでおります。その縁を頼ってみようと思います」
領主は応諾はしてくれたものの、快諾とまではいかなかった。敵は強い。迂闊に手を出せば大火傷を負いかねないのだ。
「それで聖女様にはいかがなさいますか?」
ユリシスの動きが政治性を帯びてくる、領主はそう言っている。ただ単純に姉に会いにいくという訳ではないのだ。神との対話は純粋な信仰心だが、それ以外となると人の範疇に入ってくる。自分の一存で命の遣り取りすら起こるのだ。
しかし、このまま手をこまねいて亡命生活を送るつもりはユリシスの未来図からは想像しがたい。
「まずはそちらの王都に赴いてからでしょう。事情を説明したいとも思いますし、情報があれば聞きたいとも思っています。何より手助けがいただけるのか、それが何より重要なのですから」
聖地の問題はリリーシュタット王国だけの問題ではない。救済派各国全体の問題として扱ってもらえるのであれば活路はあるし、そうでなければ聖女などやっている意味はない。ユリシスはそこまで言うと、少し冷めかけたティーカップに手を伸ばした。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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