第10話 境界
グランジウム王国との国境の街バスティは交易で栄える街道上の要衝だ。ここ街を抜ければ王都であるベリスタンドまで三日ほどでたどり着く。
この街に入る前にひと悶着あった。町を見下ろせる丘の上だ。
ここで身分を明かし、その上で迎えに来てもらうか、ここを素通りしてベリスタンドに直接向かうかもめたのだ。
「あくまでも身分は聖女様なのですから、ここで身分を明かしたところで何の問題がありましょうか。逃避行は終わったのです」
ランサの意見でここの領主に身分を明かし、迎えに来てもらう手筈を整える方向で話しは決まった。
「ではそうしましょう」
聖女は聖痕によって決まる尊い身分ではあるが、証明書のような物があるわけではない。。
「ユリシスは聖女に戴冠したばかりだと言っていたね。それだと実績も何もないし、ただの王女の方がまだ通りはいいくらいだとボクは思うけど。でも王女である証明も難しいよね、今のユリシスには」
戴冠式の日に襲撃され、そのまま逃亡した聖女を果たして聖女として認めてくれるのかどうか? 人相すらまともに伝わってはいないはずだ。深窓で育ち、ほとんど人前に出た経験もない。ユリシスを知る人物などこの街には確実にいない。ハッシキの心配はもっともだ。
「それならば問題はない。俺が証明書代わりになる」
ロボの言葉にハッシキは戸惑った。ランサは頷いてユリシスを見ている。
「そうねロボがいるから安心ね」
まだ釈然としていないハッシキに、ユリシスが説明をする。
「聖女は世界でただ一人しかいないのよ。贖罪派には司祭や司教はいても聖女はいないの。だから聖獣も世界でロボだけなのよ」
その世代ごとに付き従う聖獣は一体のみ。それを知らない人は救済派の中どころか、世界中にもいない。つまりロボを連れていればそれが聖女の証明になるのだ。
「ただ大きな狼だとおもっていたけれども、ロボってすごいんだね。見直したよ」
一行はバスティの門前に立った。グランジウム王国の東の玄関口だけあって人の出入りも多い。ユリシスにとっては生まれて初めての外の世界は逃避行で見る景色であった。他国はもちろん、王都いや王宮と教会以外の場所すら初めてだ。森を抜け、野営しロボにくるまって眠った。逃避行は終わりを告げつつあるが、ユリシスは亡国の王女であり、聖地を失った聖女である。
「ご領主様にお取りづぎをお願い致します。聖地陥落から逃げ延びて参りました聖女様でございます」
門衛にもすでに伝わっているようだ。リリーシュタット王家は崩壊し、聖地が贖罪派に奪われた情報から推測すれば、聖女がこの地に逃亡してくる予想は立てやすい。
「し、しばらくお待ちを。粗末なございますがご勘弁を」
門衛はユリシスたちにそう伝えると、伝令に一言二言耳打ちし、詰所へと案内する。詰所は埃っぽく湿っていたが、屋根のある場所すら久々である。
ほどなく門に、地味ではあるがしっかり誂えられた馬車がやってきた。
「聖女様におかれましては、大変でございましたでしょう。お悔やみ申し上げます。当地の領主がすぐにでもお会い致します。お乗りくださいますよう」
馬車の乗り心地は悪くはなかった。と言ってもそれほど馬車に乗りつけないユリシスにとっては比較のしようもなかったのではある。車窓から見る街は活気に満ちていた。すぐ隣国で戦争騒ぎがあったなどとも思えないほど、街は日常そのものだ。
「人は変わらない日常を送っているのね。私は一体何をしているのでしょうね? 愛する人と過ごし、共に笑い、泣き、時には喧嘩だってするのでしょうけれども、ここには人々の幸福がある」
ユリシスはうつむき静かに涙を流した。この一瞬で気持ちが緩んでしまったのだ。それまでの気丈さをどこかに置き忘れたかのように、涙はあふれ続けた。
「私は幸せだったのね。でもそれに気が付かないでいた。なんて愚かだったのでしょうね」
向かい側に座っていたランサがユリシスの隣に座り直し、そっと肩を寄せ、頭をかき抱いてくれる。
「ちょっと頼りないかもしれませんが、姫様には私が一生そばにいます」
耳元でそっと囁く。
「そうだよユリシス。知り合ってまだそんなに時間は経っていないけれども、ボクだって君と一体なんだ。不安だってあるだろうけれども、きっと大丈夫」
ユリシスはランサの手を取る。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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