第6話 宿命

 自分の身体を抱き締めつつも、実はユリシスは動揺していた。命が救われたのはとてもありがたい。腕が再生されたのも夢のようだ。だが、目の前に突き付けられた事実が簡単に受け入れられないのだ。

 窮地に腕が再生されるという奇跡が起こった。その奇跡すら信じられないほどなのに、腕が人格を持ち、しゃべり、考え、意思の疎通ができるなど普通では起こり得ない。しかも記憶が曖昧だとは言え、名前まで持っている。


「理由は本当にボクにも分からない。何か朧げな風景が見えるが、それを思い出や記憶と呼んでよいのかすら分からない。とてもぼんやりとした霞の中、いや夢の中を漂っていたようにも感じる」


 ハッシキ自身がなぜユリシスの腕に宿ったのか分からないのだから、ユリシスにとっても詰問のしようがない。事実を事実として受け入れていくだけなのは頭では理解できる。


「あなたの存在は確かなのだろうけれども、それを気楽に受け入れられない気持ちが私にはあるのもまた事実なの。なぜこうなってしまったのかも知りたいけれども、今は何も手立てがない」


 ユリシスは人差し指を頬に立てる。これは何か思案しているときの癖なのだ。

 事実を事実としてありのままに受け入れていくしかないのだろうか? 冷静になればなるほど、ユリシスの混乱は深くなる。ユリシスは時間をかけてじっと思案する。

 時間が解決してくれるのか? それとも何か納得できる答えをハッシキに期待しているのかユリシスは分からなくなってきはじめている。ハッシキから声がかかる。


「ボクにしたって不思議としか言いようがない。出ていけと言われても難しいようだ。どれだけ時間が掛かってもいいから、事実を事実として受け入れてもらうしかない。落ち着いたら、いろいろと調べてみるのもいいだろうね」


 一つの身体に宿った二つの魂……。そもそも魂や意思がどこから生まれ、やってきて人間の身体に宿るものなのか分かっていない。もしかしたら、あの混乱の最中、ユリシスの魂が分離した可能性だってある。ハッシキに悪意はない。咄嗟だったとはいえ、もし悪意をもっていたのであればあのまま殺されていればよかっただけなのだ。もちろん、ハッシキ自身が生き延びたかったという見方もあるにはあるが……。魂さえ残っていれば、身体の再生は可能だ。入れ替わりを狙うのであれば、ユリシスの魂の影にそっと隠れて、再生の時を待つという手だってとれたはずだ。ユリシスは聖女。いつか復活の機会が巡ってこないとも限らない。


「やっぱりどれだけ考えても答えは分からない。神の御心として受け入れるしかないのでしょうね。何か必要があって、あなたは私の身体に宿った。運命とか宿命とか……。偶然ではない根源的な何かの力が働いたとしか考えられないわ。いずれ時がくれば真理にたどり着ける、そう信じるしかないでしょうね」


 ハッシキはユリシスを守ってくれた。今はそれだけで充分だと思えばいいのだ。ユリスは片膝を付き、指を組んで神に祈った。生まれてきて物心ついたときからどれほど神に祈りを捧げてきたのか分からないほどでだ。もちろんどんな時も真摯であったのは間違いがないのだが、今ほど、神の言葉が聞ければいいのにとユリシスは思った。


「私はあの時、あの場で死んだのよ。それでも命を拾った。それは何か使命が下されたと思いたい。私はこの使命を信じてみたい。もちろんハッシキも信じるわ」


 ユリシスは立ち上がるとランサとロボに向き合い、手をじっと見た。


「それで姫様、これからどうなさるのですか?」


 一行は西へと向かっている。東に戻るのは論外だが、ランサにはあてはない。ミラ家の領地は王都ベニスラにほど近い。保護を求めたとしても時間稼ぎにしなからないし、すでに制圧されている可能性すら否定できない。とにかく現在は逃亡中の身である。出来る限り急いでより安全なところへと向かう必要がある。


「私は王都を取り戻したい。でも、今のままでは力不足。少し考えないといけないかもしれないわね」


 ユリシスは立ち上がる。身体が妙に軽い。いつも締め付けられるように痛んでいた心臓が生まれ変わったかのように、軽快に鼓動を刻んでいる。


「どうやら気が付いたようで何よりだ。君の心臓はボクが作り変えておいた」


 腕が再生されたとき、ハッシキは右腕と左腕の神経を同機させるために右腕と左腕に回廊を構築した。当然回廊は心臓を経由している。その際に、生まれつきユリシスの負っていた心臓の欠陥を埋めた上に強化し覚醒させたのだと言う。


「しかし、覚醒させるときに少し引っ掛かりがあった。先天的な欠陥というよりも、何か心臓の異常さに宿命を感じた。説明してくれるだろうか?」


 直観でハッシキは気が付いてしまったようだ。


「ありがとうハッシキ。これで私も普通に跳んだり走ったりできるようになるのね。私の心臓の異常。確かにこれは病気というよりは、決まりと言ったほうが近いのかもしれないわ」


 ハッシキがユリシスの腕に宿ってからまだそう時間が過ぎたわけではない。ハッシキにははっきりと告げておかなければならないだろう。


「これは先天的な病気というよりは人類が背負っている宿痾なのよ、ハッシキ」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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