第5話 霊魂
「おい、起きろ。目を覚ますんだ」
ユリシスは最初、誰に声を掛けられているのか全く分からなかった。それが耳から聞こえてくる声ではないと気が付くまでに、何度も呼びかけられたような気がする。
ゆっくりと目を開く。腕を天に伸ばす。声は身体の内側から響いてきているようだった。
「ああ、姫様やっとお目覚めに、よかった……」
天に向かって差し出した手をとったのはランサだった。気が付くとロボの身体にくるまれていた。
「今声を掛けてきてくれたのは貴方なの? あなたは誰?」
ユリシスはランサの手を握り返して問いかける。
「申し遅れました。内定は出ていたのですが、初めてお目にかかります。私は聖女補佐官のランサ・ミラ。ミラ家の次女です。そして……」
ユリシスを覆っていた毛皮が立ち上がる。ユリシスは身を持ち上げてその巨体を見上げる。
「俺の名はロボ。聖獣フェンリルだ。一生を聖女である貴方とともに行動する。召喚されたんだ。よろしくお願いする」
ロボは鼻先をユリシスに押し付ける。
「もう一人、もう一人、私を呼ぶ声が聞こえたような気がするのだけれども……」
どうやらここはちょっとした洞窟のようだ。入口から光が差し込む。すぐそばには焚火の跡がある。ロボとくるまれたユリシス、そしてその正面にランサが座っているだけだ。
ユリシスはすぐに二人に好感を持った。肩で切りそろえた亜麻色の髪はいかにも快活そうだし、とび色の瞳には強い意志の力がある。背はそれほど高くはなく、動作はきびきびとしている。
「もう少し公爵令嬢らしくしなさいっていつも言われてました。お恥ずかしい限りです」
ランサは少し頬を赤らめると言い訳をするようにユリシスの手をさらに強く握った。
ロボはその存在だけで頼りになる。フェンリルと言えば最強聖獣の一つ。その漆黒の瞳には高い知性が見受けられる。聞けばここまでロボの背に揺られてここまで逃げてきたと言う。
「ありがとう二人とも。二人がいなければ私は式典で命を落としていたし、生き延びれても逃げ切れはしなかったでしょう」
あの惨劇、追いつめられる自分の姿が脳裏に焼き付いて離れない。今でも細部に至るまで記憶している。聖女になるという胸の高まりと、それを叩き落とした敵襲、そして拾った命……。
「そういえば、私たちが姫様のところに駆けつける直前、閃光が敵兵を薙ぎ払うのを見ました。何かお心当たりがおありでしょうか?」
ユリシスはじっと自分の手を見る。確かに、最初の斬撃で両腕は切り落とされてしまっていた、激しい痛みと共に。
「そう。なぶり殺しにされる。もう駄目だと思った瞬間だったわ。声が聞こえてきて腕が光りはじめた。そこまでは覚えている」
あの時、ユリシスは声を聞いていた。それを二人に説明しながら手をじっと見つめる。起こしてくれたのもあの声だった。
「ここだよ。ボクはここにいる」
ユリシス、ランサにロボ、三人はその声に耳を疑った。周囲を見渡すがここには三人の他には誰もいない。ユリシスはさらにじっと耳をすます。声は心の奥底にも響いてきている。
「あ、姫様、腕です。腕から声が!」
ランサはユリシスの腕をしっかりと握りしめる。
「あの瞬間。失われた腕が光輝いた瞬間にボクは君の新しい腕に宿った。魂なのか意思なのかは自分でも分からない。ただ気が付いたときには目の前の敵をなぎはらっていたんだ」
どこからやってきたのか? どうしてやってきたのか? それすら分からないと腕は続ける。うすぼんやりと記憶に似た感覚はあるもののはっきりとは覚えていない。残っているのは、力強く何かを握りしめていた感触だけ。
「名前は? 名前はあるの、う、腕さん?」
他に呼びようがないので、ユリシスはそう腕に問い掛ける。
「名前はあるよ。というか名前ぐらいしか覚えていないと言ってもいい。ボクの名前はハッシキ。確かそう名乗っていたように思うんだ」
ユリシスは右腕と左腕を交互にさする。頬を涙が伝う。
「ありがとうハッシキ。あなたのおかげて私は命を拾った」
ユリシスは立ち上がると、自分で自分の細い身体を抱き締めた。
「腕の色が肌と合っていないのは勘弁してほしい。これだけはどうしようもなかったんだ」
ハッシキは少し照れたように言い訳をしていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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