第3話 逃走
純白の毛に覆われた巨狼が森を疾駆する。月明かりはない。背には聖女の正装をまとった少女が横たえられ、その後ろでもう一人の少女が必死に治癒聖霊術を掛けている。
横たえられた少女は気を失っている。名はユリシスという。リリーシュタット王国の第六子で第四王女だ。聖女戴冠式の最中に、宿敵であるナザレット教皇国の襲撃を受け重傷を負ったものの、奇跡的に一命をとりとめ逃げ出せたのだ。
「ロボ! とにかく西へ!」
この森を抜けてしまえさえすれば、安全圏に近づける。それまでにユリシスに正気が戻ればいいと、額に汗を浮かべている少女にロボと呼ばれた白狼が顔を向ける。
「確かに西に向かえば安全ではあるが、何かあてでもあるのか、ランサ?」
ランサと呼ばれた少女は首を横に振る。
「あてなど何もないわ。とにかく姫様の御身こそ第一よ」
敵の襲撃は大規模なものであり、用意は周到だった。
「あれだけの勢力を一気に集中させてきた。大規模転移聖霊術を使ったんだわ。もしかしたら我が領地もすでに落ちているかもしれない……。安全であるとは言えないわね」
ランサは王室を支える公爵家の次女。もとは王室から分かれた名門で本姓はリリーシュタットなのだが、与えられた領地からミラを姓として名乗っている。聖女の戴冠と同時にその補佐官に任命された。聖女であるユリシスの腹心となるためだ。
ランサは唇を噛みしめる。あの混乱の最中、ユリシスを見失ってしまった。痛恨に堪えない。
「思いつめるのは構わない。悔しいのも良く分かる。しかし、自分を責めすぎないようにな、ランサ」
ランサは治癒聖霊術を掛けながら、微かに発光しているユリシスの両腕を見つめている。ユリシスを遠目に見つけたとき、確かに彼女の両腕は失われていた。間に合わないと思って目を見開いた瞬間に、まばゆい光がユリシスを包んだのがはっきりと見えた。
「ロボ、あなたがいてくれて助かったわ。私一人ではとても姫様を助けられなかったでしょうね」
手を休めると、ランサはユリシスの額をなでながらロボに声を投げかける。
「それはお互い様だ。俺一人でもどうにもならなかっただろうな。それこそ聖獣失格だな」
ロボは正確にはフェンリル。巨大な体躯と強大な力を持つ伝説の聖獣、おとぎ話の登場物だ。聖女の戴冠に合わせて数年の時間をかけて召喚された。聖女の命が尽きるまでともに行動するという使命とともに。
「ん、あそこに小川があるようだ。ちょうどいい、追手も大丈夫なようだし、少し休むとしよう」
ランサはユリシスをゆっくりと抱え上げると、川べりにそっと横たえる。純白の法衣は右腕は肩から、左腕は肘から先が切り裂かれている。腕を切り落とされたのは確かなようだ。
見ると、顔や首元と腕の肌の色が違う。首元は抜けるような真っ白な肌をしているが、切り落とされ、再生された腕はやや青みを帯びた淡い灰色をしている。
「ねえ、追手はかかるのかしら……?」
ユリシスの頭に自らの膝を当てがいながらランサはロボを見上げる。ロボは首を傾げながら少し思案しているようだ。
「俺にはよくわからない。分かるのは敵の存在、そして姫様を守る、それだけだ」
あの混乱の中、ナザレット教皇国が敵であったのははっきりしている。護衛の騎士たちの話を総合すると、教会だけでなく王宮も襲撃されたようだ。となると狙いは……。
「状況は良くはないのは確かなようね。とにかく姫様のお目覚めを待つしか手がない。少しでも安全なところに早く移動した方がよさそうね」
ランサは両手でユリシスの小さな手を取ると、そっと自分の額へと当てがった。逃げ出してきた王都ベニスラの様子は知る由もない。かなり凄惨な状況になっているのだけは分かる。
「なぜ教皇国は攻めてきたのか……」
長年の敵対国とはいえ、ここまであからさまな敵対行動はなかった。ただ、贖罪派の意思が働いているのは間違いがない。聖騎士を動かしているのだから。戴冠式のタイミングを狙っての襲撃を考えると狙いはユリシスの命。そうなればどんな形であっても追手はかかる、ユリシスは逃げ続けなければならなくなるだろう。もちろんどうあっても、ランスはユリシスと行動を共にすると決めている。
「姫様、どこまでもお供致します。どうかご無事で……」
ユリシスの手は、どこかこの澄んだ小川に似ていた。小さくはかなげでありながら、生命に満ち溢れていて力強い。
水鏡のように澄んでいる。流れに任せて水面は微かに揺れ、小さな星の瞬きを映している。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます