第2話 襲撃
荘厳であるはずの聖女戴冠式であった。
だが、新月の夜、リリーシュタット王国の王都ベニスラにある聖ユイエスト教救済派教会の大聖堂を満たしたのは、剣戟の音と血の臭いだった。
「て、敵襲です、早くお逃げを。王宮はすでに敵の手が……。姫様お早く……」
伝令の兵士はそれだけを告げると、扉に寄りかかるようにして息絶えた。鎧には数本の矢が立っている。
それから三十も数えないうちに、ホールは敵兵に蹂躙された。敵兵の鎧には一様に桔梗と剣をあしらった紋章が施されていた。
「あれは贖罪派の聖騎士、なぜ……」
警護の教会騎士に守られながら逃げる少女ユリシス・リリーシュタットの耳に声が届く。足がもつれて上手く動けない。聖女のみが着用を許された純白のローブの裾がはためく。
「聖女様、失礼致します」
ユリシスは教会騎士の一人に抱きかかえられた。蜂蜜を溶いたような長い金髪が揺れる。通常であれば許されるような行為ではないが、今は緊急事態だ。
抱きかかえられながら、ユリシスは出来るだけ冷静に現状を把握しようと努めた。その間にも敵兵たちの姿が近づいてくるのが深く蒼い瞳に映る。
王宮と教会とを同時に狙った大規模な兵団、しかも新月の夜というこの日の戴冠式を狙った襲来は用意の周到さを思わせる。狙いは王室から聖女として教会に入るユリシスおよび王族なのは明らかだ。桔梗は聖ユイエスト教の紋章。その紋章を国家として掲げているのはナザレット教皇国ただひとつ。同じ聖ユイエスト教ではあるが教義の解釈に違いがあり、二国は千年来の宿敵といっていい関係だ。
そこまで思い至った時、ユリシスの身体は大きく前に投げ出された。ユリシスを抱きかかえてくれていた騎士が倒れたのだ。騎士の首には矢が突き立っていた。
「ああ、私はここで殺されるのだ……」
それでもユリシスはゆっくりと立ち上がった。そのユリシスに剣が振り下ろされる。激痛が両腕を襲い、右手は肩から先が、左手は肘から先が切り落とされた。
「ベ、ベホンディング……」
治癒聖霊術で両腕からの出血を抑えるのがやっとだった。見上げると敵兵がニヤリと笑っているように見えた。激痛に目がかすむ。自分では必死に走っているように思えるが、敵兵たちからみれば、あがいているだけでしかない。
「なぶり殺しにするつもりか……」
突然の惨劇に気が動転してもよさそうだが、命の灯が消え入りそうな今、ユリシスの頭の芯は妙に冷たかった。足先から感覚が失われていき、意識だけがやけにはっきりとしている。次第に身体の輪郭がなくなっていく。魂と肉体が切り離されるとはこのような感覚なのか。視界が外側から少しずつ暗くなっていく。どうやらここまでのようだ。不思議と悔しさはない。ただ殺されてしまうのだという事実だけが目の前に横たわっているだけだ。
「……大丈夫、大丈夫だ。お前は助かる」
敵兵が剣を振り上げた瞬間だった。心に声が届いた。失われたはずの両腕が光輝く。閃光が視界を覆う。その時には敵兵もろとも周囲を薙ぎ払っていた。
「ああ、神よ……」
意識が失われる直前、倒れた敵兵の間を縫うように、巨大な白狼がユリシスに近づいてくるのが見えた。
「ランサ、早く姫様を」
白狼の背から少女が飛び降りるとユリシスを抱え上げる。
「ロボ!」
ロボと呼ばれた白狼は、ランサと呼ばれた少女がユリシスを背中に押し上げ、さらにランサが乗ったのを確認すると、咆哮を上げ教会の窓を突き破って外へと飛び出した。
薄暗い部屋には中央に豪奢なベッドが置かれているだけだった。燭台の炎が緩やかに揺れている。その褥には大きなベッドには不釣り合いな小さな膨らみがあった。小さな女の子が眠っているのだ。その寝顔はやや青白いものの、あどけないという表現が相応しい。
微かな軋み音とともに扉がゆっくりと開き杖をついた老人が部屋へと入ってくる。
「ワシが見ておる。お前は下がって交代の者を寄越すがよかろう」
ベッドの脇に直立していた侍女が頭を深々と下げる。その姿を見るでもなく、老人はベッドを覗き込む。老人は皺だらけの指で、少女の額にかかった栗色の髪を左右へと分ける。
「あと五年、いや三年といったところか……。お目覚めが待ち遠しい」
老人はベッドからやや離れると片膝をつき、指を組んで顔の前に掲げる。少女は静かに寝息をたて目を閉ざしている。その眠りはまだまだ深い……。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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