第20話 針生家にて③

「「「いただきます。」」」

 

 3人はダイニングテーブルにそれぞれ座り、夕食を摂り始めた。

 咲良と咲良のお母さんは横並びで座り、俺は向かい側に独りで座って2人の視線を浴びている。

 心做こころなしか咲良のお母さんはニヤニヤしている様に見える。

 うーっ…緊張する…何だこのいたたまれない感じは…

 そうか、これから咲良のお母さんに、『娘さんを僕にください!』って言わなきゃいけないんだ…って、イヤイヤ違う違う!

 俺も緊張して頭ん中バグってるな…。


「あのー…お母さん…」 


「ちょっと待った。

 片倉君は私の子供じゃないから、お母さんはおかしいわね。

 そうね…奈美って呼んでちょうだい。」


 咲良のお母さんは、やはりニヤニヤしていた。

 何だコレ…初対面で名前呼びってハードル高いだろ…でも仕方ない。


「…なっ…奈美さん…」


「あーっ、お母さんズルい!

 私だって漸く今日から名前呼びになったのに!」


「あらあら…という事は?」


「今日から楓君とお付き合いする事になりました。」


「そう、良かったわね、おめでとう!

 じゃあ私も呼び方は楓君でいいかしら。」

 

「は…はい…よろしくお願いします…。」


 どうやら俺からのご報告は必要無いらしい、俺の緊張を返せ。

 

「ところで咲良、付き合い始めたって事は、楓君は例のあの子で間違い無いのかな?」


「あーあー!!ダメ!!

 それ以上は言っちゃダメーっ!!」

 

「…あー、本人には言って無いんだ…

 ならマズかったかしら…

 アッ…楓君、ご飯おかわりあるわよ、いっぱい食べなさいよぉ、若いんだからぁーアハハハハ…。」


 メッチャ慌ててる咲良とバツが悪そうに何とかこの場を誤魔化そうとして話題を変えようとしている奈美さん…

 やはり俺は以前、咲良と何処かで逢っている…?

 しかし全く覚えが無い…

 そして咲良があれだけ隠そうとしているのであれば、やはり俺から聞くのも躊躇われる…

 もうこうなったらアレだ、このまま咲良が言い出すのを待つしか無いではないか…

 奈美さんの話に乗って、話題を変えてしまえ!


「あ…あはは、咲良さんの料理、メッチャ美味しいですよねーっ!

 アッ、ご飯おかわりください。」


「やっぱり男の子ねー、沢山食べるのねぇ。

 あー、食べるといえば、私からは2人が付き合う事で1つだけ言わせて欲しいの。

 細かい事は言わないわ、2人でそういう事をする時は、着けるモノ着けなさいよ。

 それだけは守ってちょうだいね。」


 チーン、コロコロ…ボトッ…


 俺は持っていた箸をテーブルのハンバーグが盛り付けられている皿に落っことした後、その箸が更にテーブルを転がり、咲良は俺の茶碗を受け取って炊飯ジャーの脇に置いてあったしゃもじを手に持った瞬間床に落っことし、箸としゃもじが順に音を立てた後、辺りはシーンと静まり返った。


 ハハハ…と乾いた照れ笑いをする奈美さん、そして親からの下ネタの免疫が無い俺と咲良は青い顔をして身体が固まっている。

 一瞬にして針生家の中はツンドラ気候と化したのであった…。

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