第16話 誰?彼氏?

 月曜日、ストーカー対策の為に毎回車両は申し合わせの上ランダムに変えているものの、いつもの時間の電車に乗ると、針生が出迎えてくれる…ハズだった。


 あれ…と思って探したところ、針生と同じブレザーを着た見知らぬイケメンが針生に話し掛けている様に見える。

 誰?彼氏?針生は…と。

 どうやら嫌がっている様だ。

 俺から近寄ってみたところ、針生が急に俺の左腕に抱き付き、


「この人が私の彼氏です、貴方とは付き合えません、ごめんなさい。」

 

と言い出した。


『はぁーーーーっ!!!?』


と言いたいのをグッと我慢してポーカーフェイスを決め込み、黙って事の成り行きを見守った。


 イケメンの男は俺を見ると、かなりの上から目線で、


「へぇーっ、この男がねぇ…

 針生さん、こんな陰キャは辞めておいた方がいいんじゃないかな…

 針生さんには似合わないよ。

 こんな男とは早く別れて、サッカー部のエースであるこの僕と付き合うべきだ。」


とニヤついていた。

 それを聞いた針生は珍しく怒った顔をして、


「…彼の事を何も知らないクセに…

 私の彼氏を人前で馬鹿にする貴方の性根が気に入りません、ニ度と話し掛けないでください、迷惑です。」


と言い放つ。

 そんな遣り取りをしている間に次の駅に着いてしまったので

話の成り行き上、俺も針生とイケメンと一緒に分倍河原駅のホームに降りた。



 イケメンは俺に近寄り、ガンを飛ばしながら至近距離で話し掛けて来る。


「なぁ、君は全然喋らないね、ビビっちゃって一言も話せないのかなぁ?

 陰キャメガネ君。

 ハッハッハッ。」


 俺はスマホを取り出すと針生に目線を送り、SNSで針生に連絡を取る。


片『この遣り取りを録画しておいてくれるか?』


針『了解です!』


 俺はスマホをポケットに収めると、


「110番でもしているのかい?

 僕はまだ何もしていないよ? 

 誰かに助けを求めないと独りでは彼女も守れないのか、どうしようもないクズな男だね、君は。

 クックックッ。」


等とピーピー喚いているイケメンに一言。


「お前、口がクセェーんだよ、人の悪口しか出て来ねぇその口を、俺の前で二度と開くんじゃねぇ、この陰険野郎。」


「なっ、何だとーっ!?」


 イケメンは俺の胸倉を掴んで来たので、針生が撮影しやすい様に角度を変えてやる。

 さぁ、バッチリ写ったかな。


「正当防衛だ、覚悟しろ。」


 俺はイケメンが胸倉を掴んでいる手の指を1本掴み、普段曲がるハズの無い方向へ曲げてやる。


「グァーーッ、何をする!」


 イケメンは痛がって胸倉から手を離し、距離を取った。


「何をするじゃねーよ、正当防衛って言っただろう、自業自得だ。

 まだヤるなら自己責任で掛かって来い。」


「クソが!舐められたまま、終わらせる訳無ぇじゃねぇかぁ!」


「…それがお前の本性だよ。」


 イケメンが右手で殴り掛かって来たので、イケメンの右手首を両手で握り、左に体捌たいさばきをしながらイケメンの身体の内側方向にイケメンの右腕を捻じり込む。

 イケメンの右手首を極め、更にイケメンの右肘の上から俺の左脇で体重を掛けると脇固めの完成だ。

 これは肘と肩に効く関節技で、本気でやると危険な為、柔道の立ち技では禁止行為となっている。

 モチロン、俺は本気でやってはいない。


「グォーー、痛え!」


 イケメンは痛がって身体を沈ませたので、そのままうつ伏せに引き倒し、掴んでいる右手を極めたままイケメンの右肩甲骨の上に膝を立てて乗ってやる。


「ウッ…、止めてくれ、痛ぇ、痛えっ!」


「もうニ度と針生に関わらないと誓え。

 でないとサッカー部ごとお前を潰す。」


「なっ、何でサッカー部が関係あるんだ!」


「…お前はたった今、お前のせいで暴力事件を起こしたんだ。

 お前がこの件を大事おおごとにすれば、サッカー部も活動停止だろうなぁ。

 俺はいいよ?正当防衛だし、部活もやって無いし。

 訴えるならどうぞお好きに。

 さぁ、どうする?

 さっき俺は自己責任で掛かって来いって言ったよな?

 お前自身が決めろ。」



「………針生さんには二度と関わらないと約束する…。」


 俺は針生の方を見ると、まだ動画は撮っている様だ。


「ちなみにこの遣り取りは全て動画で撮ってある。

 この動画は俺の仲間内に流出させない様に頼んで拡散しておくから、俺や針生のスマホを奪いに来てもムダだ、報復等は考えない事だな。

 お前が俺達に何か仕掛けて来た時点で動画を世間に公表する。

 そうなれば、お前が社会的に死ぬだけだ。」


「そうだそうだ、もし事件になったら俺達も証人として協力するぞ!」


 ……へっ?

 

 このオッサンの声は…?


 よくよく周りを見ると、ホームにはビニオ率いるストーカー共も居て、このホームは今まさに混沌カオス状態となっていた。



 俺は残心を示しながら立ち上がるとイケメンを立ち去らせ、針生に動画を俺に直ぐ送る様に頼んで学校に早く行かせる事にした。


「片倉君、本当に強いんだね…。

 あっ、急に彼氏とか言ってムチャ振りしてゴメンね。

 あの人、学校でもしつこかったの。

 怪我とかは大丈夫だよね?

 じゃ、お先に、ありがとう。

 また連絡するね。」



 俺は彼女を見送った後ストーカー共を見ると、ビニオが話し掛けて来た。


「片倉君、君達を見てると本当に飽きないなぁ。

 まだ2人は付き合って無いのかぁ…残念。」


「…おい、アンタら、会社とか大丈夫なのか?」


「俺らは9時出勤だから。」


「じゃあ俺だけ遅刻の危機か…。

 あの相槌…今日だけは助かったが、ストーカーは犯罪です。

 ダメ、絶対!」


 それを聞いたビニオ達は誤魔化している積りか、ヘタな口笛を吹きながらシレッと俺から離れて、違う電車待ちの列に並び直した。


 …しかし、二度と話し掛けないでください、迷惑です、か…

 針生もハッキリと物申すんだな。

 俺、針生にあんな事言われたらトラウマになりそう…。

 針生の学校も共学なんだから、出会いはあるだろう。

 針生が誰かと付き合い始める前に、俺も早く態度をハッキリさせないとな…。





ーーーーーーーーーーーーーー


 日本では胸倉を掴む行為も暴行になります。

 それに相手が暴行をして来たからといって、やり返すのは日本の法律上、自分も相互暴行という事で罪に問われます。

 簡単に言えばケンカ両成敗です。

 じゃあ、ヤられるだけやられて、自分だけ損じゃないか!

という声があがると思いますが、最低限、避けたりする程度の接触なら正当防衛が認められます。

 今回の主人公の、関節技を極めて組み伏せて上から乗るという行為は正当防衛とは認められないでしょう。

 皆さんも万が一当事者となった時は十分にお気を付けください。

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