第3話

 荒れた気持ちを収めるために、俺はその足で地元の総合病院まで足を延ばした。

「あ、おにいちゃん」

 妹の美咲は、身体を起こしていた。

「じゃあね、みさきちゃん!」

 俺が病室に入っていって早々、五歳くらいの女の子が出ていく。八歳である美咲より、まだ小さい。

「うん、じゃあね、さつきちゃん」

 美咲もその子の背中に向かって手を振った。

「友達ができたのか?」

「うん、なんかおとうさんかおかあさんがにゅういんしてるみたい。よくおみまいにきてる」

「そうか、ごめんなぁ、邪魔しちゃって。まだ喋りたかっただろう」

「んーん。あの子も、もうかえるところだったから」

 これだ。よくこんな優しい子が育ったと思う。


      ***


 どうしようもない父親が幼い妹を連れ帰ってきたのが、俺が高校に上がったときだった。父はまたすぐにいなくなった。母はもうすでにいなかった。この子の母親が現れることもなかった。

 狭いアパートの一室で、ずっと二人きりの時間を過ごす。

 食べ物をやると、懐いた。まだ甘えたい盛りなのか、やたらくっついてくる。

 自然と、笑顔が増えた。

 保育所に行かせる金はない。俺達にあるのは、父親がたまにふらっと帰ってきた時に置いていく端金と、妹を隣人に預けている間にバイトで稼いだわずかな金だ。

 ある時から父親がとうとう帰ってこなくなった。どこかで野垂れ死んだのだろう。

 当然のように、俺はほとんど学校に行かなくなった。

 郊外の底辺高校だ。親なしということもあって、そういう風に学校というコミュニティから孤立していくと、自然とヤンキー共に目をつけられる。

 妹を護るために、害があるやつは容赦なく叩き潰していたら、いつしか俺もやつらの一人になっていた。


 妹はほどなくして、病が発覚した。小児がんというやつだ。

 熱が出たのがおさまらず、二週間ほど経ってたまらず病院に駆け込んだが、あれよあれよと精密検査に回されて、そう診断された。

 父親が持ち帰っていた妹の保険証がなんとか見つかり、その時の俺達の状況も汲んではくれたが、それでも請求された治療費は当時バイトで二人分の食費を何とか捻出していた俺には相当厳しいものだった。

 その後、妹が入院するタイミングでちょうど丸山に目をつけられた俺は、やつのイヌになる条件として、資金援助をとりつけたのだ。


      ***


 こうして組織へのより深い潜入にプレッシャーをかけられていた俺は、ある日社長にこう声をかけられた。

「なぁ、ヤス。お前に一つ、仕事を頼みたい。特別な仕事だ」

 来た。自然と身が引き締まる。

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