第4話

 高級だが、嫌味に見えないグレーのスーツ。これが、今日の"戦闘服"だ。

 麻布にある会員制の高級クラブ『Muse』。ここには選ばれし金持ち達が集う。

 まさかここで騙されて大金を巻き上げられるとは、誰も思わない。

 ここは『シン・アライアンス株式会社』が密かに運営する狩り場。従業員は皆、協力者だ。


「キャ!」

「おい、何しやがんだてめぇ!」

 せっかくのスーツに、酒がこぼされた。席に案内されていた俺は、座っていたホステスにつかみかかる。

「まぁ、待て待て、あんた。ウチの子がスマンかった。足らんとは思うが、これで収めてくれや」

 BOXの真ん中でホステスに囲まれていた客が立ち上がった。

 男が豪奢なサイフから出した札束を、ポンとテーブルに投げる。軽く見た感じだけでも、このスーツの何倍もするほどの額だ。だが、こんな端金に興味はない。

「アンタ俺をナメてんのか? 金で解決する問題じゃねぇ!」

「まぁまぁまぁまぁ。落ち着け。いいから一回飲もう。奢るよ」

 この客は俺を自分のBOX席に招き入れた。

 気性は荒いが、基本的には世話好きな親分肌。それがこの男、大手芸能事務所の社長、亀岡勝だ。

 お気に入りのホステスができてから散々通い、店に馴染んだこのタイミングが来るまで待った。今日で一気に決める。

 こういうタイプの男に接する時は、加減が重要だ。俺は大人しく誘いに乗り、しばらくの間、共に飲み進める。

「すみませんさっきは気が立ってて……本当に申し訳ない。恥ずかしい限りです」

 俺は両膝に手をついて、深く頭を下げる。

「ああ、いいんだいいんだ。済んだことだ。顔を上げてくれ」

「いやいや、これじゃあ私の気が済みません。罪滅ぼしさせてください。ほんとは言っちゃあいけないんですが、貴方は特別だ。実は良い土地があって……」

 こっちが身を乗り出すと、向こうも同様に顔を近づけた。


      ***


「やってきましたよ」

 帰宅したその勢いで徹夜で仕上げた報告書を、社長に手渡す。

 あとは、架空の不動産に対する手付金の八百万がダミー口座に振り込まれるのを待つばかりだ。

 ダミー口座はいくつかの入金があった後、海外の銀行に送金され、解約される。そこの動きに一切俺が関わることはない。

「ああ、御苦労。店の連中からも報告を受けてる。俺が見込んだとおりだ。お前には人を転がす才能がある」

「恐れ入ります」

「お前は人を、よく見てる。どういう言動をすれば受けが良いか、それをちゃんと理解している」

「教えて頂いた通りにやっただけです」


―なぁ、ヤス。お前に一つ、仕事を頼みたい。

 初めて〝ダマシ〟の案件に入ることになった俺に、続けて社長はこう言った。

『相手が期待している行動を取れ。相手が潜在的に望む言動を利用して話を進めれば、気づかれない内に相手を操ることができる。これが、人心掌握だ』

 この会社では、基本的なマニュアルこそあれど、各ターゲットに応じたそれぞれの〝ダマシ〟の手口の考案は、担当者に一任されている。

 俺は亀岡の人となりについての調査結果と、この言葉だけにすがって、必死にプランを考えたのだった。

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