第2話
後輩と〝外回り〟をしている時に、俺の胸でポケベルが鳴った。
取り出して表示を見た俺は、思わず舌打ちをついていた。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもない。すまないが先に行っといてくれ」
「女ですか?」
目の前に、好奇心で爛々と輝く顔が現れる。
「……そうだよ」
「お! 美人っすか? 芸能人で言うと、誰に似てます?」
「いい加減にしろ」
「……さーせんっ」
また紹介してくださいねと言い残し、あいつはご機嫌に去っていった。
莫迦め。
『シン・アライアンス』に食い物にされた一家が経営していた会社があった廃ビルに、周りを気にしながら身を滑り込ませる。
「で、そろそろ掴めたのか?」
暗闇の中に、潰れたダミ声が響く。ポッと灯いたタバコの火に、整っていない毬栗頭が浮かび上がった。
「いや、まだマルチにしか関わらせてもらってない」
「ちっ、役に立たん。そんな小物どうだっていい。あの組織が関わっている重大犯罪なんぞ星の数ほどある……早く証拠を掴め。妹の治療費、止められてもいいのか」
「ちょっと待ってくれ! これでも一番出世は早い! あと少しだ。あと少しで俺も〝ダマシ〟に関わらせてもらえる!」
「ま、せいぜい頑張れや。俺を失望させたら、わかってるだろうな」
俺は、そう吐き捨てた背中を見送った。こっちの方が反吐が出そうだ。何が悲しくて、こんな男の機嫌を取らなきゃいけない。
『シン・アライアンス株式会社』が手がけているのは、法的にグレーなマルチ商法だけにとどまらない。
詐欺、文書偽造、他にも余罪は沢山。基本的に人を騙すことで金を稼ぎ、一大勢力を築く反社組織だ。
***
「金になる仕事がある?」
「はい! 東城さん、金必要でしょ?」
三年前、バイト終わりの俺を待っていたケンジが、何かが書かれたメモを渡してきた。
「そこに書いてる番号に電話してください。」
怪しいとは思ったが、一度シメて以降は色々便宜を図ってくれるケンジのことは信用していたし、高校生が稼げるバイト代なんてたかが知れていたから、俺はその夜、公衆電話から電話をかけた。
呼び出されたのは、とあるヤクザ組織のフロントの不動産屋だった。
要は悪徳不動産につきもののチンピラをしていたわけだが、個人的には、不動産の知識も勉強することができてなかなか良かった。
しかしこの会社は半年も経たない内に、摘発されてしまった。
「なんだ、ただのガキじゃないか」
随分と待たされた小汚い取調室で、目の前の刑事が、調書を机にほうった。やけにガラが悪い。のちにマル暴の丸山という刑事だと知った。
「手のつけられない不良。そのままでいりゃあ良かったのに、なんであんなとこに出入りしてた」
「帰してくれ。妹を迎えに行かなきゃいけない」
刑事はナマズのような目玉を、ギロリとこっちに向けた。
「お前、親は?」
「いない」
「金がいるのか」
「そうだ」
「……帰すさ。所詮微罪だ」
警察署を出て歩いていると、急に肩を掴まれた。あの刑事だった。
「ちょっと付き合えよ」
何の灯りもついていない寂れた雑居ビルの狭間にある裏路地で、刑事はタバコに火を付ける。
「お前、『シン・アライアンス』って会社知ってるか?」
「は?」
「ま、同じゴミ溜めみたいな悪徳企業だ。そこに潜り込んで俺に情報を流せ。報酬は払ってやる。二重に稼げるぞ。悪い話じゃないはずだ」
確かにいきなり稼ぎ口がなくなって、この先どうしようかと思っていたのは確かだ。給料はそこそこ良かった。
だが、何気ない日常を送っている中で警察が突入してきた時に強く思ったのだ。妹のためにもこんなリスクのある仕事を続けるわけにはいかない、と。
しかし、俺の口からは違う言葉が発せられていた。
「また捕まったときは庇ってくれるんだろうな」
「……もちろんだ」
「……わかった。一つ条件がある」
俺は丸山から情報を得て『シン・アライアンス』の人間に接触し、再び反社組織の下働きとなった。
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