第52話
五十二
夫
沙月を支えながら、あの老婆がいるコテージまでゆっくり歩いていると、再び雪の中を進む足音が聞こえた。あの男が生きていて追いかけてきたのかもしれないと思って振り返ると、東城がゆっくりとあの男が倒れていた方から歩いてきていた。
東城は私と沙月によって部下を二人も殺されている。その姿が見えた瞬間、私は持っていた拳銃を彼に向けていた。
「待ってください」
拳銃を向けられていても、東城の口調は変わらなかった。両手をコートのポケットに入れたまま、焦っている様子もない。
「今回の一件は、明らかにわたくし共に落ち度のあることです。あなたの奥様が彼らに蹂躙されたと私が知ったのもつい最近のこと。本当に申し訳なかったと思っています。あなた達が殺した部下二人の死体はこちらで処理しておきます。あなたがたに責任を追及したりはしませんから。すぐに普通の生活に戻ることができるでしょう」
東城は表情をわずかばかり曇らせながらそう言った。
「信用できないな。なぜそんなに俺達に対して便宜を図るんだ」
私は拳銃を下ろさなかった。
「合理的に物事を考えているだけですよ。これであなた方もすねに傷を持つ身、私自身が手にかける必要はない」
そう言い残した東城は踵を返し、雪の降りしきる中、去っていった。
妻
勝廣と共にコテージに戻ったときには、もう日が完全に落ちていた。二人で暖炉に火を入れて身体を暖めている間、勝廣がずっと抱きしめてくれた。
お婆さんはキッチンに所在なげに佇んでいた。沙月が寝込んでいた間に勝廣が聞き出したところによると、彼女は東城の会社に騙され、マルチ商法に加担させられたらしい。
東城の会社が今も大きな問題になっていないのは、ある程度関わりが深くなると逆に今までやってきたことが違法行為であると開き直って、共犯者に仕立て上げるからだ。
そのことを聞いたとき、沙月は目のくらむような思いがした。自分がした経験と同じだ。東城は精神的に人を縛る。こうして日本中にいる東城の会社に弱みを持つ人達に、部下であるあの男は大号令をかけたのだ。
名前と容姿を伝え、そのような人間を見かけたら即座に連絡が入るようにした。もちろんいくら何でもそれだけで沙月が見つかるとはあの男も思ってなかったみたいだが、偶然、人里離れた山村に住む老婆、最も見つける可能性が低いと思われた老婆が、それらしい女性を見つけたのだ。
その日、沙月は泥のように眠った。勝廣は、その手をずっと握りながら起きていた。次の朝、二人は山を下りたが、東城が予告したように、それまでの半年以上の出来事が嘘だったかのように、平凡な日常が戻ってきた。
勝廣が仕事で出かける間に沙月は家事をする。東城も、その部下も、警察も呉谷も、誰も訪ねてくることはなかった。ただ一つの変化があったとするならば、勝廣と沙月が、本当の夫婦になっていたということだった。
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