第14話
十四
夫
「なあ、呉谷と連絡とれないんだけど、宮野は何か聞いてないか?」
加藤からそう連絡があったのは十二月、年の変わり目が近づいて、街のクリスマス色が強くなってきたころだった。
私自身、あのとき呉谷が待ち合わせ場所に現れなかった件があったので少し不安になり、そのことを加藤に話した。その結果、私達は一度集まって話し合うことになった。
数日後の仕事終わり、前に三人で集まった店で加藤と数ヶ月ぶりに会うと、加藤は開口一番、呉谷が巨額の借金を抱えていたことを私に明かした。
「いや、どうも投資でだいぶ失敗したらしい。性質の悪いところから金を借りてつきまとわれていたそうだ。俺達には微塵もそんなこと言わなかったけどな」
加藤が訳知り顔でそう語る。
「よく分かったな、そんな事情があったなんて」
「これは本当は秘密なんだけどな、俺たちの部活の同期で鈴木愛香っていただろう? この前鈴木にも偶然会ったんだが、実は鈴木は呉谷と結婚してたんだ。呉谷は鈴木にも詳細を言ってなかったらしいんだが、最近呉谷が家に入れる金が少なくなって、どうにもガラの悪い男がつきまとっていたらしい。それで鈴木が色々調べたら数億単位の借金があったそうだ」
これは驚いた。借金のことももちろん、結婚のことも。私以外にもあの時の仲間同士で結婚していたものがいたのか。それにしてもこの男はよく私達の同期に遭遇する。
「鈴木いわく、呉谷は最近家にも帰ってこないらしい。そういう事情もあるから、鈴木は呉谷がなにかトラブルに巻き込まれたんじゃないかと心配してるんだ。呉谷はお前との約束もすっぽかしたんだろ? そもそもなんでそんな深夜にお前を呼び出したんだ、それも兵庫なんかに」
「分からないよ。俺もメールをもらって本当に驚いたんだ。詳細は書いてなかったし。ただ少し切羽詰まっているような気がしたな」
「それがな、あいつがトラブっていたそのヤクザはどうも神戸のやつだったらしい。だからお前の話を聞いてよけい心配になったんだ」
「そうだったのか…… だけど、俺は何にも知らないなあ。今日も寝耳に水の話ばっかりで頭が追い付かないよ」
その日は結局お開きになった。限られた情報の中で、私達が出来ることが少なすぎる。加藤はこれから鈴木愛香とまた話し合って対応策を考えるらしいが、それもどこまでできるだろうか。
もし仮にそういった反社勢力が関わるトラブルに巻き込まれていた場合、個人でできることはほとんど何もないはずだ。かといって警察に届け出ても、大量の行方不明者リストに加えられるだけだろう。
妻
呉谷が行方不明になっているらしい、という話を勝廣から聞いた日の朝に、実は呉谷から久しぶりに電話がかかってきていた。沙月は夫の話をさも驚いたかのように振る舞ったが、内心、呉谷と会う約束を既にしていることを隠し通すのに必死だった。
短い電話での会話の中で聞き出した話によると、呉谷いわくあの暴力団の男とは沙月を解放した直後から連絡が取れなくなったらしい。そして呉谷自身は得体の知れない事態だと思ってすぐに身を隠したのだそうだ。会社にもそれより前から行っていなかったという。
しかし厄介だ。ついに呉谷の金回りについての情報が勝廣に伝わったらしい。私の秘密は漏れないだろうか。呉谷に信用は置けないが、信用するしかない。この板挟みに沙月は心が張り裂けそうだった。
今まで散々つらい目には遭ってきたはずだ。なぜ人生にこれほどまで心労が重なるのだろうか。運が悪いのか。同じ住宅街に住む他の主婦達はもっとお気楽に暮らしているように見える。
夫の金で高級ランチを食べ、そこまで高くはないブランド品を買う。気にするのは子どもの小学校受験とペットの小型犬に着せる洋服をどれにするか。
彼女たちに生死を気にかけて生活した経験はあるのか。代々裕福で、悩みなく暮らしている人達の方が多いのだろう。沙月はいつも通り、諦めの感情と共に精神を整えながら、やりかけていた家事に戻った。
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