第12話
十二
夫
もう夜十時を少し過ぎている。急なこともあり、タクシーが簡単に捕まらない。ホテルから出て、少し離れたところのコンビニの前に一台だけ停まっていたが、予約車だった。国道まで出ると何台か走っていたので、丁度私に近付いた一台を捕まえることができた。
しかし、呉谷はなぜ西宮まで来てくれと頼んだのだろうか。そもそもなぜ私が兵庫県に来ていることを知っているのだろう。特に秘密にしていたわけでもなかったが、職場以外の人間には言った覚えがない。
待ち合わせていた場所は阪急西宮北口駅の南出口だった。綺麗に整備された街並みだが、人並みはもうまばらになっている。私はコートの前をかき合わせ、イヤホンをつけて音楽を聴きながら、呉谷を待った。
妻
呉谷が沙月を解放したのは明け方の五時頃だった。呉谷はもっと引き留めておきたがっていたが、沙月のしつこい抵抗に嫌気がさしたようだ。沙月はタクシーを捕まえるために大通りに出たが、気は焦るばかりだった。
まさかないとは思うが、勝廣が暴力など振るわれていたらどうしよう。夫が今どこにいるのか分からないので、とりあえずホテルに急いだ。
ホテルの部屋に戻ると、勝廣はソファにもたれて眠っているようだった。眠りはとても浅かったらしく、沙月が近づくとすぐに目を覚ました。
「おお、どこに行ってたんだい。急にいなくなったから本当に心配したんだよ」
勝廣の様子は特に変わりないようだった。
「置手紙があったからしなかったけど、何もなかったら警察に届け出るところだったよ」
沙月は携帯電話もホテルに置いていき、心配しなくて良いという書き置きもしていた。その手紙を残したときには、まさかこんな事態になるとは思っていなかった。
「あの…… ごめんなさい。」
沙月が俯きながらそう切り出した。
「何のことだい?」
勝廣はきょとんとしている。
「お金のこと……」
沙月の声がどんどん細くなっていく。
「お金?」
勝廣はまだ話がつかめていないようだった。沙月も、その違和感に気付き始めた。
「そうだったんじゃないの? そっちの話。ゴリラみたいな男に会ったんでしょ?」
「ゴリラみたいな男? 俺を呼び出したのは呉谷だったんだけど、結局誰も来なかったんだよ」
沙月にはわけがわからなかった。じゃあ、呉谷が言っていたことは何だったのか。
「お金ってなんのことだい?」
勝廣が怪訝そうに訊ねる。
「いえ、何でもないわ。私の勘違いだったみたい」
沙月はうわの空で答えた。勝廣はまだ何か言いたそうだったが、結局それ以上は何も言わなかった。夫の変な関心の無さはこういう時に助かる。
しかし、なぜあの男は勝廣から金を取るのを諦めたのだろう。逆に不気味だ。これからどんな仕打ちをされるか分からない。呉谷にまた会って、探りを入れてみるしかない。
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