人生何が起こるかわからない。

雪の香り。

第1話 恋人になりたいなら大笑いさせなさいって?

『私は一年一組、木野崎あんず。全校生徒諸君、心して聴きなさい!』


 昼休み、お弁当を食べているといきなりそんな言葉で放送が始まった。

 木野崎あんずは美人で有名な隣のクラスの女の子だ。かくいう僕も思いを寄せていたりする。


『九月現在までで、私に告白してきた男子生徒の人数は二十人を超えたわ』


 中学に入学して五か月で二十人越え? ひと月四人以上に告白されてるってことか。すごいな。


『私を大声で笑わせてくれる人となら恋人になってもいいけど、平凡な人間はお断りよ! もう我こそわっていう男子以外声をかけて来ないでちょうだい! 平凡な『好きです、つきあってください』にはもううんざり! 以上、木野崎あんず。おわり!』


 はー、いつも自席で詩集とか読んでるから大人しい子なのかなって思ってたけど、そうでもないのかも。なんかわくわくする。


 ますます好きになっちゃったな。


 大声で笑わせてくれる人……か。芸人志望ってわけでもない僕にはハードル高いかな。でも、簡単にあきらめるのも……。ま、地道に笑いのネタを日常から掘り起こしていこうか。



***



 学校から帰宅している途中、笑いのネタになりそうな光景に出会った。視線の先にあるそれは……。


「真っ赤なポストの上に謎の長ネギ……写真撮っておくか」


 僕はスマホでその光景を焼き付けた。まあ、これだけで木野崎あんずに突撃するほどの度胸はないんだけどね。



***



 帰宅後、気が向いて散歩に出かけたら木の枝の上に子猫を発見した。けっこう高い位置だ。登ったはいいものの降りられなくなったって感じか。


「これも縁だ。今助けてやるからな」


 僕は木の幹に足をかけて登っていき、たどり着いてシャツの中に子猫を入れ木から降りようとした。で……足を滑らせた。


「うわっ……!」


 地面に強く背中を打ち付けたが、なんとか子猫は死守した。


「ちょっと、大丈夫?」


 上から声をかけられ視線を向けると、木野崎あんずが僕を見下ろしていた。スカートの中が見えそうで慌てて目をそらす。落ち着くために再び子猫を撫でようとしたが逃げてしまった。


「さっさと立ちなさいよ」

「う、うん」


 立ち上がると、木野崎あんずは愉快そうに僕の袖を引っ張った。


「スカートの中見たでしょ。私は高いわよ。見物料を払いなさい」

「見てない!」

「証明できる?」


 できるわけがない。


「お金を寄こせってわけじゃないのよ。なんか面白いこと教えなさい」


 僕は昼休みの放送を思い出して、この子ブレないなと感心した。でも、面白いことか。


「この写真を提供します」


 スマホの中のポストの上に長ネギが乗ってる写真を見せる。


「悪くないわね。でも足りない。ここから発展させなさい。そしてまた私に提供すること」

「発展させる?」


 どういうこと? 僕は首をかしげるが。


「自分で考えなさい」


 木野崎あんずはそう言葉を残して去ってしまった。まあ、また会話するネタが生まれたと思えばいいか。



***



 数日後の放課後、僕はプリントアウトしたポストと長ネギの写真を手に学校の中庭で寝っ転がっていた。


「発展させる、ねぇ」


 考えてもいい案が何も浮かんでこない。うーんと唸っていると、風が吹いて手から写真がすり抜けていってしまう。ひらひらと飛んでいく写真を追いかける。


 写真は、花壇を写生している女子生徒の足元に落ち、拾われた。写真を見て女子生徒は目を見開いている。


「その写真僕の……拾ってくれてありがとう」


 おそらく美術部員なのだろうその女子生徒は、キラキラした瞳で僕を見上げた。


「この写真譲ってください」

「欲しいの?」


「ええ。数日前に見かけて、良い題材だってデッサンしてたんだけど、途中で用事が舞い込んでね。一瞬だったのよ? その一瞬でどこかの誰かに長ネギが奪われて、ただのポストになっちゃったのよ。せっかくの絵がぱぁよ! でもこの写真があれば……この写真を見ながら絵を完成させることができる!」


 はぁ、と僕は気の抜けた返事をする。


「この写真をあげるのは別にいいけど、そんなに描きたかったなら自分で長ネギを買ってきてポストに乗せ直せばよかったのでは?」

「この時この場所にあったこの長ネギじゃなきゃダメなのよ!」

「そうですか」


 芸術家の考えることはよくわからない。


「僕も面白いと思ったから写真に撮ったんですが、これをもっと発展させるってどういうことだと思います?」


 写真の料金代わりに相談に乗ってもらおうと話を切り出す。


「発展ねぇ。新たな要素……ファンタジーとかを組み込んで生みなおすとか」


 ほぉ。新たな要素を入れる。生みなおす。


「ありがとうございます。参考になりました」

「ならよかった。こっちこそ写真提供感謝するわ」


 お互い頭を下げ合って別れる。


 新たな要素にファンタジーを。生みなおすって言っても絵は描けないから……。



***



「私の時間を奪うんだから、それなりの価値のあるものを提供しなさい」


 目の前には、椅子に座って足と腕を組む尊大な態度の木野崎あんず。放課後の現在、僕たちは一年一組の教室にいる。


「ポストの上にあった謎の長ネギ。あれは、ただの長ネギではなかったのです」


 突然語りだした僕に、木野崎あんずはきょとんとしたあと、にぃと面白そうに口端を釣り上げた。


「続けて」

「あの長ネギは、地球から遠く離れた星から……宇宙からやってきたマジックアイテムだったのです!」


 もちろんこんなのは本当ではない。嘘だ。僕はあのポストと長ネギの光景を、物語として生みなおしているのだ。


「あの長ネギは、宇宙を支配するシザード星の王位継承者に与えられる王錫で、自分の意志を持つマジックアイテム。シザード星は現在王が亡くなり、王弟と王子が王位争いをしている。その争いを憂いた王錫はどちらのものにもなりたくなくて地球にやってきて、家族団らんの鍋の具材になるべく長ネギに変身したのです。王位継承に必要なので、王弟と王子は必死に探し地球までやってきました。ですが、そのころには長ネギに変身した王錫はすでに主婦に拾われ、その家族の腹の中に入ってしまっていたのです! 胃の中でまだ形を保っているだろう長ネギを取り出せばと思いつつ、そんなことで人間を殺すのはと王弟も王子もためらいます。そして二人は考えていくにつれなんだか馬鹿馬鹿しくなり、この際王政から民主国家へ転換しようかという話になったのです。それからはとんとんと話が進み、シザード星は民主化したのでした。おわり」


 僕は語り終えたあと、木野崎あんずがどう反応するか怖くて下を向いた。沈黙が続くがやがて、ふふふっと木野崎あんずの押し殺したような笑い声が耳に届く。


「あっはっはっは! なぁにそのへったくそな作り話! あー、おかしい! へたくそ! 本当にへたくそ!」


 一生懸命考えたのに……。涙目になる僕の背を、立ち上がった木野崎あんずがバンバン叩く。


「ひーっ! 物語の内容より、これを私に語ろうって思ったあんたの度胸がすごいわ。うん、気に入った。あんた私の恋人になりなさい!」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


「は?」

「だから、私の恋人になりなさいって言ってるの」


 意味を理解して……。


「はぁああああああああああ???」


 僕は大絶叫ののち気絶したのだった。その後? その後はその……まあこんなチャンスを逃すはずはなくて、おつきあいを始めたのでありました。


 ポストの上の長ネギを見た時に写真にちゃんと収めた僕えらい。人生は本当に何が起こるかわからないな。そう実感した事件だった。


おわり

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人生何が起こるかわからない。 雪の香り。 @yukinokaori

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