ブタもおだてりゃ木に登る作戦。

音雪香林

第1話 作戦成功

「返せよ!」

「返してほしかったら追いついて見せろよ!」


 昼休み中の今、ぼくは筆箱をいじめっこのヒロヤに盗られて追いかけている。ヒロヤはクラスで……ううん、学年で一番かけっこが早くて、ガキ大将だ。

 対して僕はのろまでかけっこは苦手だ。


「こっちだこっちだー!」


 校庭の真ん中まで行ったヒロヤは、立ち止まって筆箱を上に掲げる。そして。


「そーら!」


 裏門に近いあたりまで、ヒロヤは筆箱を投げた。ぼくの筆箱はフタが外れて中身が飛び出してしまった。


 あわてて駆け寄り、飛び散ったえんぴつや消しゴムを拾うぼくを見て、ヒロヤはおかしそうに笑いながら教室に戻っていった。


 くやしい。

 じわりと涙がにじんでくる。


 泣いたら負けだ。そう思うのに涙は止められない。そんな思いを抱えながら午後の授業を終え、家に帰る。


「おかえりなさい、ユウタ」

「おかえり」


 ぼくを出迎えてくれたのはお母さんとお父さん。お母さんは専業主婦で、お父さんは絵本作家だ。二人とも基本的に家にいる。


「聞いてよ!」


 ぼくは小学六年生になって同じクラスになってからヒロヤがいじめてくることを、怒りを込めて話した。その間、感情が高ぶったせいか涙がボロボロこぼれてくる。


「まあ、ひどい! 学校に連絡してヒロヤくんのお母さんに抗議しなきゃ!」


 お母さんはそう怒ってくれたけど……。


「いやぁ、そうしたら関係が悪くなるだろ? もっと別の手段を取った方がいいんじゃないか?」


 お父さんはいつもそう!

 こういうの「ひよりみしゅぎ」っていうんだ。ぼく知ってる!


「ヒロヤくんは、ユウタの足が遅いのを馬鹿にしてるんだろ? 足が速くなれば問題ないんじゃないか?」


 お父さんのそのセリフで、頭にカァッと血が上った。


「お父さんの馬鹿!」


 僕の味方をしてくれなかった。足が簡単に早くなったら苦労はしない。いろんな思いがこちゃまぜになって、ぼくはリビングを飛び出した。自分の部屋のベッドにタイブして、身体を丸める。


 もうすぐ授業参観だ。お母さんだけでなくお父さんも来るって言ってたけど、あんまり来て欲しくないな。


 そんなふうに思って数日、その間やっぱりヒロヤはぼくの物を奪い取って駆け足で逃げて追いかけさせるという遊びを繰り返した。追いつけない自分が情けなくて、くやし涙に何度も枕をぬらした。


 今日は授業参観の日。そして見てもらうのはよりによって体育。最悪だ。


「今日は五十メートル走でタイムを計ります」


 先生がそう授業内容を告げる。本当に最悪だ。

 ぼくは最初の走者で、一生懸命走ったけどやっぱり遅かった。ヒロヤだけでなく、他の子も「おっそ」「どんがめ」などあざ笑ってくる。


 走り終わって落ち込んでいるぼくのところに、お母さんがやってくる。


「一生懸命走ったわね。お疲れ様」


 ほほえみながら頭をなでてくれる。確かに一生懸命走った。でもそれがなんだっていうんだろう。早くなければ意味なんてないんだ。


「ヒロヤ、頑張ったわね。すっごく早くてびっくりしたわ!」


 耳に届いてきた声は、たぶんヒロヤのお母さんのもの。ヒロヤも走り終わったらしい。


「ヒロヤくんっていうんだ、足早いんだね。うちの子に走り方を教えてあげてくれないかな」


 次に届いてきた声は、なんとぼくのお父さんのものだ!

 は?

 ぼくヒロヤがいじめてくるって言ったよね?


「うちの子はユウタっていうんだ。同じクラスだから知ってるよね」


 会話している方に視線をやれば、ヒロヤはびくっと体をゆらしていた。いじめているぼくの親だから、怒られるとかなんとか思ったんだろう。それでなくても気まずいはずだ。


 ヒロヤはお父さんの言葉に「ああ」だか「うん」だか中途半端なあいづちを打つ。


「君みたいにすごい子がうちの子と仲良くしてくれると嬉しいな」


 すごい子?

 なんでいじめっ子のヒロヤなんかほめるんだよ!

 お父さんの馬鹿!


「おう、まかせとけ!」


 ヒロヤの元気な声が恨めしかった。

 帰宅後、ぼくは怒った。


「お父さんとは口きかない!」


 そうして宣言通り話しかけられても無言で通し、翌日。


「おい、ユウタ。どんがめなお前に走りってやつを教えてやるよ!」


 ヒロヤが昼休みに声をかけてきた。


「何企んでるんだ?」

「は? お前の父ちゃんに頼まれたからだよ。ほら、校庭行くぞ」


 昼休み中ぼくは警戒していたが、普通にフォームを直されたりするだけで、いじめられることはなかった。


 次の日も、その次の日も昼休みにヒロヤと走りの練習をした。

それから一週間が経って、ぼくはちょっと足が速くなった。ヒロヤの指導のせいだ。ヒロヤはあれからぼくの物を盗らなくなったし、どんがめとののしることもなくなった。


 あれ?

 なんだかこれって普通の友達じゃないか?

 ある日の夕食の時にそう両親に話せば、お父さんが。


「豚もおだてりゃ木に登るってね」


 なんて言って笑った。

 あの授業参観の日にヒロヤをほめたのは、お父さんの作戦だったんだ。

 ぼくはお父さんをちょっと見直したのだった。



 おわり

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ブタもおだてりゃ木に登る作戦。 音雪香林 @yukinokaori

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