茎を目指す男。

雪の香り。

第1話 ひまわりちゃんは嫌だ。

「なんでおれの名前、葵ってつけたの?」


 母さんにこんなことを突然質問したのは、それが通ってる小学校から出た宿題だからだ。名前の由来を聞いてこいってね。


「本当はね、葵じゃなくてひまわりってつけたかったのよ」

「はぁ? ひまわり? 花の名前じゃん。女みてぇ!」


 どうせ何かの名前を持ってくるなら、刀とか銃とかかっこいい武器系にしてほしい。


「お父さんにもそうとめられたのよ。だから、ひまわりは漢字で書くと向日葵だから、最後の一つを取って葵にしたのよ」


 父さん感謝!

 セーフ!


「よかったぁ~、葵で」


 にしても。


「なんでひまわりなんてつけたかったんだ?」


 女の子が生まれると思ってたんだろうか。


「ひまわりっていうと、あの黄色い大きな花に目が行きがちだけど、母さんは特に太くてまっすぐな茎が好きなのよ」

「茎ぃ~?」


 また母さんは何を言い出すんだか。


「そうよ。たくましいじゃない。まるでお父さんの背中みたいに頼りがいがあるわ。なんでも支えてくれそう。葵にもね、そんなふうになってほしかったの」

「ふぅ~ん」


 理由はわかった。学校で結果報告するときは、ひまわりが由来だけど花ではなく茎のたくましさに惹かれてだってことを強く押し出していこう。でないとおれのあだ名がひまわりちゃんとかになっちまう。



***



 そうして無事に結果報告の発表会も終え、あだ名がひまわりちゃんになるのも回避したある日。


 給食を食べ終えて、クラスメイトと校庭でサッカーをしていたら、転んでひざを擦りむいた。なので水道で傷をきれいに洗い流した後、絆創膏をもらおうと保健室に行った。


「せんせー、ばんそーこー頂戴―」


 そう声をかけてドアを開けたけれど、そこには保健医の姿はなかった。いたのは背中を丸めて椅子に座っている女の子一人だけ。


 おれは保健医がいなくても絆創膏一枚もらえればそれで良いしと中に入った。女の子がびくびくっと震える。おれのこと怖いのか?


 女の子を怖がらせるようなことしたっけ?

 絆創膏貰ったらすぐ出ようと決めて、奥に進む。女の子との距離が近づいて、彼女の上履きの文字が見えた。


 岬。

 この子、隣のクラスの岬夕夏ちゃんだ。長い前髪で顔が隠れていて気付かなかった。


 この子は数か月前に転校してきて、すぐに可愛いって評判になった。でも、そのせいで他の女の子に無視されたり悪口を言われたりしているらしい。女ってこえーな。


 そういえば最近廊下とかでも姿を見なかった。もしかしたら教室に居場所がなくて保健室登校しているのかもしれない。


 テーブル前にたどり着くと、絆創膏が入っているケースが見えた。そこから一枚もらって傷口に貼った。


 用事は済んだ。

 まだ昼休みの時間は残っているから、また校庭でサッカーを再開すればいい。

でも。


 ふわりと翻った真っ白なカーテンにつられて窓へと目をやると、明るい黄色の花が花壇に連なっているのが見えた。


 ひまわりだ。

 おれはあたりを見渡して、メモ帳とボールペンがあるのを発見した。


「他人に愚痴の一つも吐き出したらすっきりするってことあるだろ」


 そう告げながら、メモ用紙にメールアドレスを記入して夕夏ちゃんに渡す。lineは通知を見逃すことがあるからこっちにした。


 夕夏ちゃんはおれが渡したメモ用紙をぎゅっと胸もとで握りしめた。

 おれは無言で保健室を出る。


 母さんが好きだと言っていた、太くてまっすぐな茎。

 男の俺が女のもめごとに首を突っ込むとさらにひどくなりそうだから、あれぐらいしかできなかった。


 誰かを支えたいと思っても、それをするのはとても難しいんだ。

 けど、やれることをやっていこう。


 俺は葵。ひまわりの茎を目指す男だ。



おわり

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茎を目指す男。 雪の香り。 @yukinokaori

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