第10話 ほうこく

 周防すおう貞虎さだとらが義勇軍の総大将であった斎藤さいとう鷹盛たかもりの城へ駆けつけた頃、そこには既に義勇軍を結成した際に仲間であった各城の城主が集まっていた。

 貞虎さだとらが皆が集まる広間へ通されると、辺りはザワザワとして、中には裏切り者と小声で言う声まで聞こえる。

(おのれ! 貞家さだいえ、全てはうぬのせいじゃ。覚悟しておれ)

 ざわつきの中聞こえてくる小声にむかって睨み付けた貞虎さだとらは、そのまま腰を落として前方上座の鷹盛たかもりに深く土下座をした。

「……周防すおう、遅かったな。我先にやってくるかと思ったが」

 低く凄みのある声がざわつき少々浮き足立っていた空間をビリッとした空気に変えて響き渡り、貞虎さだとらは額を床にこすりつけたまま、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「申し訳ございません。すぐに赴くつもりではございましたが、その前に噂が本当であるのか剋苑こくえんの娘の様子を見に行って参りましたゆえ」

「フン、なるほど。それで?」

「はい。わが弟、貞家さだいえ剋苑こくえんの娘を見張らせておりましたのですが、逃げたとのことでございました!」

「……逃げた?」

「誠に申し訳ございません!」

「ほっほぉ~、逃げたか。……それはおかしいな」

 クククと含み笑いをした鷹盛たかもりはゆっくりとその場に立ち上がり、そっと土下座をする貞虎さだとらの元へと歩み寄る。

 その大きな体は六十歳を越えた者の体とは到底思えぬほどに筋肉が盛り上がって引き締まり、鋼鉄の様な硬さと輝きを放っていた。

 片膝をついて貞虎さだとらの頭の近くに座った鷹盛たかもりは、手に持っていた扇子を貞虎さだとらの頭の上にポンとおいて言う。

「我が聞いたのは、どちらかと言えば欲望に従ったゆえの逃したに近い、ということだったが」

 その鷹盛たかもりの声に、貞虎さだとらはビクンと体を揺らす。

(ま、まさか……、バレているのか)

「ククク、嘘はつかぬのが身の為じゃ。さぁ、今一度問うぞ? それで、剋苑こくえんの小娘はどうした?」

 低く響く声と浴びせられる鋭い視線に、貞虎さだとらの体は固まり、動くことすらできず、喉奥から搾り出すように震える声で答えた。

貞家さだいえが、金欲しさに売り払ったようでございます」

「素直に申すのだな。そうか。ククッ、まだ、お前も命が惜しいと見える。久々に血が見れると思ったのに残念だ」

「も、申し訳ございませんでした」

「ふむ、だが、ここまで素直に語られるとつまらぬな。貞虎さだとら、顔を上げよ」

 ふぅと溜息をついて扇子を少しだけ開き、貞虎さだとらに面を上げるようにいった鷹盛たかもりは、震えながら顔を上げた貞虎さだとらのその左頬に思いっきり振り上げた扇子を打ちつける。

「ぐあっ!」

 貞虎さだとらは扇子の勢いに押され、顔の肉を歪ませ右に並んで座っている家臣や他の城主達の中へ飛ばさた。

 しかし、飛ばされ落ちてくる貞虎さだとらを誰一人として受け止めようとせず、落下地点にいたもの達はスッと横に避ける。

 その為、貞虎さだとらはまともに床に体を打ちつけ、ピクピクと四肢を痙攣させ白目を剥いて気絶した。

 端正な顔立ちだった貞虎さだとらの顔は扇子で打たれたところが凹み、歪みきって鼻と口からは血を流している。

 しかしその場に居る者達は皆、駆け寄ることも、介抱することも、視線を送ることも一切せずにただ黙って座っていた。

 少しでも鷹盛たかもりの機嫌を損ねれば、次にあの姿になるのは自分だろうと誰もがわかっていたからだ。

 鷹盛たかもりは張り詰めた空気の中、折れた扇子をその場に投げ捨て、自分の座っていた場所へと戻って腰を下ろした。

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