第8話 いきどおり

 この時より諸国に早馬が駆け巡る事となった。

 先ず始めに葛城かつらぎ武之進たけのしんからの書状を受け取った周防すおう貞虎さだとらはその内容に愕然とする。

 戦いの中、唯一1人生け捕りにした少女の剋苑こくえん

 その処置を任され、危険極まりない少女をしっかりと閉じ込めておいたはずだった。なのに、剋苑こくえんが解き放たれたと言うのだ。

(どういうことだ。あれは貞家さだいえの城の地下に監禁されておる筈であろう? あの場所は天然の地下牢、知らぬものが入れば方向を失い迷う場所。さらに念には念をと幾重にも格子を設けたはず。あの場所から逃げ出すなど、いくら剋苑こくえんと言えど無理だからこそ任せたのだ。……まさか貞家さだいえのヤツ!)

 周防すおう貞虎さだとらはすぐに自分の実弟である周防すおう貞家さだいえの城へと馬を飛ばしやってくると、貞虎さだとらを止める貞家さだいえの家臣を跳ね除けて、女遊びにふける貞家さだいえの胸倉を掴んだ。

 驚いたのは貞家さだいえ

 実弟とは言え、その力量の無さに領地の端にあるどうしようもない城をあてがわれ、自分を世間から追いやるようにし、更に今まで一度としてこの城を訪ねてきたことの無い実の兄が恐ろしい顔をして今、ここにいるのだ。

「な、何事ですか? 兄上」

「何事ですか、だと? ふざけるな! 貴様、剋苑こくえんの娘をどうした?」

「こ、剋苑こくえん……。そ、それがどうかなさいましたか?」

 視線をそむけ、話をはぐらかそうとする貞家さだいえを床に叩きつけるように投げ飛ばした貞虎さだとらは、小さくその場でうずくまる弟に葛城かつらぎ武之進たけのしんからの書状を突きつけた。

 恐る恐るその書状を受け取り内容を見た貞家さだいえは見る間に顔色を蒼白にして震え、呟いた。

「ま、まさか。まさか、あの男が天都香あまつかだった、のか?」

 その様子を見ていた貞虎さだとらはキッと貞家さだいえを睨み付け、低い声で聞く。

剋苑こくえんの。あの剋苑こくえんの生き残りをどうした? あの男とは何のことだ?」

「も、申し訳ございません!」

 震えながらその場に土下座した貞家さだいえ貞虎さだとらの眉がピクリと動き、チッと舌を鳴らす。

貞家さだいえ。貴様、よもや解き放ったのではあるまいな。あれ程に我が言うたのを忘れたか?」

「……」

「この期に及んで言わぬと言うのか? 愚か者が! 無言も答えじゃ!」

 貞虎さだとらは土下座をする弟の頭を更に上から足で床へと押し付け、貞家さだいえの「ヒィッ! 」という情けない叫び声に更に怒り、肩に足を置くとそのまま貞家さだいえを蹴り飛ばした。

「只でさえ使えぬのに、小娘一人、監禁し、監視する事すらできぬのか!」

「あ、兄上、お許しを! まさか、あの者が天都香あまつかなどと思わなかったのです! ただの羽振りの良いどこぞのボンボンかと」

「貴様……、その口振り、逃げられた、解き放ったという類ではないのだな? さては売ったのか、剋苑こくえんの娘を」

「うっ」

「なんと言う愚かな!」

「し、しかし! あの娘の身柄は私に預けると」

「馬鹿者め! 誰がお前の好きなように扱えと言った! 預けるとは言うたが、危険極まりない娘ゆえ、監視を怠らず、監禁し、決して解き放つなと付け加えたはずじゃ。わからぬのか? あの者はあの年齢にして剋苑こくえんのつちかって来た全ての技を覚えておるのだぞ。犠牲を払った剋苑こくえん討伐。なのにあの娘だけは殺せなんだ。殺さなかったではない、殺せなかったのだぞ! だからこそ、閉じ込めておったと言うのに! 天都香あまつかと手を組もうと組むまいと世に出す事自体が危険なのじゃ! それを金欲しさに売ってしまうなど」

「うぅ……」

 蹴り飛ばされた先で、頭を抱え込んでうずくまる貞家さだいえに向かって、足元にあった漆の菓子器を蹴り飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る