第7話 でんれい

蒼雲そううん様。これからどうする?」

 襲われた際わざと1人逃した後、街道を通らず、少し山の中に入った獣道を歩き、途中に見えた川で返り血を洗い流すための水浴びをしながら涅音ねおんが、岩場に腰掛けている蒼雲そううんに聞く。

「そうだな。どうやら俺の存在がばれているようだからな」

「似顔絵の事か? あれ、似てない」

「ハハハ! 確かに。だが、その似ていない似顔絵で俺に辿り着いた奴が居るのは事実だ」

「アレ、本当に似てない。訂正してやらないと」

「ふむ、なるほど。そうだな、折角だから会いにいってやるか」

「さっきの男が言ってたヤツか?」

「そうだ」

「だが、前に蒼雲そううん様に聞いたものと名前違う……」

「あぁ、俺が狙うのは当時、義勇軍ぎゆうぐんの頭となっていた斎藤さいとう鷹盛たかもり。母も妹も未だヤツに捕らわれていると聞く」

斎藤さいとうのところへは行かないのか?」

涅音ねおん。奴等には徐々に自分たちに死が近づいている事を思い知らせ、そして恐怖を心に刻まねばならない」

 蒼雲そううんはそう言ってニヤリと笑い、涅音ねおんはぶるぶると犬のように体を震わせ水滴を飛ばし、着物を羽織って頷いた。

 蒼雲そううん達が水浴びを終え、の城へと歩を進め始めた頃、その城内に早馬が到着し、城主、葛城かつらぎ武之進たけのしんの元へと伝令が伝わった。

「殿! 早馬の伝令でございます!」

「ん~、早馬? なんじゃ?」

「申し上げます! 天都香あまつかの生き残りの抹殺が失敗いたしました!」

 その声に、女に膝枕をしてもらい、その女の尻を撫でて寝転んでいた武之進たけのしんが飛び起きる。

「なんだと!」

「1名を残し、その他、全員返り討ちに合って果てたとのことでございます!」

「な、何? 1名を残し全員だと? ならず者とはいえ、かなりの手練れだったはず、まことか?」

「はい、生き残りを始末した者からの伝令で事実のようです。殿、いかがなさいますか?」

「直接聞く、ここへ通せ」

「はっ、すぐに!!」

 襖の向こうで報告していた者が足早に廊下を去り、武之進たけのしんは女に部屋を出て行くよう指示すると、座布団に座って肘置きを横に置き頬杖を付いた。

(どういうことだ。あれだけの手練れと人数が1人を残して全て返り討ちだと? たかが若造1人であろうに……)

 頬杖を付いていた小指の爪をギリリと噛んで武之進たけのしんがそう思っているとパタパタと数名の足音が廊下から聞こえ襖の前で止まる。

「殿、お連れ致しました」

「うむ、入れ」

 襖が開き、1人の男が入ると、廊下に残ったあとの2人が襖を閉じた。

部屋の中に入った男は襖を入ってすぐの所に座り、深く頭を下げる。

「挨拶は良い。お前は詳しい状況を知っておるのか?」

「はっ、遠目ながら一部始終を見、生き残った1人に詳しく事情を聞きましたゆえ」

「よし。では話せ」

 部屋に通された男は自分が見た戦いの様子を事細かに武之進たけのしんに報告し、更に生き残った男の話をしていたが、その話の途中、武之進たけのしんの顔色が見る間に青ざめて行った。

「……剋苑こくえん。その生き残りは剋苑こくえんと言ったのか?」

「はい、多少焦点があわず、狂っている様子ではございましたがハッキリと。光の天都香あまつかと闇の剋苑こくえんが手を結んだ。そう言いました」

「何と言うことだ。あの剋苑こくえんが何故解き放たれておるのだ。しかも天都香あまつかと共に行動しているとは」

「私も遠目で見ておりましたが、青年と少女だけの二人組みでございました。青年は天都香あまつか蒼雲そううんですので、剋苑こくえんは少女の方で間違いないかと。生き残りによりますとかなり幼い雰囲気であったと申しておりました」

(少女だろうが何だろうが、剋苑こくえんの技を身につけているならば年齢など関係は無い。どの様な手練れを送り込もうと同じ事だ。しかしあれは確かに閉じ込めておるはず……。あれは唯一の生き残り、別の者だとは考えられん)

 頭を両手で抱え、震える武之進たけのしんは報告をした男を下がらせ、一人考えを巡らせた。

剋苑こくえんただ一人の生き残り。確か厳重に監視されておるはずではなかったのか? 事情を知っているとすれば殲滅後の後始末をしたあやつか)

 顔を上げた武之進たけのしんは襖近くで待機して居る家来に命令する。

「早馬を用意せい! 周防すおうに、周防すおう貞虎さだとらに書面を届けるのだ!」

「ははっ!」

 廊下に居る二人のうち、一人が返事をして頭を下げ走って行った。武之進たけのしん貞虎さだとらに送る書面をしたためる為、隣の部屋へ移動しながら廊下に残っているもう一人の家来に言う。

「早馬にて行ってもらいたい場所がもう一つある。今からしたためる二つの書状を持って先に周防すおうの元へ行き、周防すおうへの書状を渡したらその足で更に斎藤さいとう殿の城へ行け。もう一つの書状を斎藤さいとう殿に渡すのだ」

「かしこまりました」

 家来の男が跪いて頭を伏せると武之進たけのしんは隣の部屋へ入り、パシンと襖を閉めて一人部屋に篭った。

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