第3話 にげる

 ことの始まりは十五年前。

 単に邪な考えだけで集まった諸国の城主によって編成された「義勇軍」と称する軍勢に天都香城あまつかじょうが落とされたことから始まる。

 天都香あまつかが治める天野原あまのはら

 他の諸国よりもその土地は猫の額ほどに狭く、一つの国として栄えているのが不思議なほどだったが、天野原あまのはらには豊富な資源と豊かな山河があり、農作物はいつでも豊作であった。

 しかし、攻められたのはそれが原因ではない。

 それ以上に、他国が求めたのは天野原あまのはらの女。

 義勇軍を率いていた総大将、斎藤さいとう鷹盛たかもり天野原あまのはらの女の中でも天都香あまつかの城主、天都香あまつか蒼善そうぜんの妻と娘を欲していた。

 天都原あまのはらに生まれる女は不思議な力を秘めているとされ、その中でも代々天都香あまつかの血筋は特別な力をもつ者が産まれたという。

 天都香あまつかの妻が持っていた力は、幸運を呼び寄せとどめることの出来る力。

 天都香あまつかの娘が持っていた力は、己の何かと引き換えに望みをかなえる力。

 天都香あまつかが狭い天野原あまのはらで栄華を誇っているのは、生まれ出てくる女達の秘められた不思議な力のおかげ。

 そう思った諸国の城主は互いに対立していたにも関わらず、天野原あまのはらの女を得る為に手を結んだ。

 天都香城あまつかじょうが攻められるその日、蒼雲そううんは朝早く、日が昇る前に起こされた。

 女中に旅支度をさせられて眠い目をこすっていると、城主である父がやってくる。

 蒼雲そううんの支度が済むまで待ち、終われば手をさっと上げて払い、それを見た女中は一礼して部屋を出て行った。

「父上、朝早くから今日は山狩りにでも行くのですか?」

「いや、そうではない。蒼雲そううん

 何時になく低い声でそう言う父に蒼雲そううんは首をかしげながら父を見上げる。

「父上?」

「よいか、何があっても決して天都香あまつかを思い、天都香あまつかを追うな。何処に居ようとも天野原あまのはらはお前の傍にあり、見守ってくれる。天都香あまつかと言う名を追うでない。お前はお前として生きていくのだ」

 蒼雲そううんの両肩に手を置いてしゃがみ、瞳をじっと見つめて父は言い、急なことに蒼雲そううんはますます訳が分からなくなって眉間に皺を寄せた。

「何を言っておられるのですか? 父上」

「いいな、約束してくれ。決して天都香あまつかを思わず、追わないと」

 蒼雲そううんの父、天都香あまつか蒼善そうぜんはそう言い、ギュッと腕の中に蒼雲そううんを抱きしめる。微かに頬に当たる大きな肩が震えているのを感じ、蒼雲そううんはその耳元にそっと呟いた。

「父上? 泣いておられるのですか? 男子たる者、如何なる時も涙を見せるな。そうおっしゃっていたのに」

「そうか、そうだな……」

「それとも、相手に涙を見せなければ泣いても良いのですか?」

「ハハッ、いいや、ならぬぞ。如何なる時も……。男子たる者、泣いてはならぬ」

 すっと、蒼善そうぜんの体の温かさが離れ、フワリと蒼雲そううんは抱きかかえられる。見れば、自分の体は城爺しろじいに抱きかかえられていた。

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