第2話 いきのこり

涅音ねおん、そのくらいで良い。聞きたい事がある。殺すな」

 男は鋭い小刀で首元を切り裂こうとしている涅音ねおんと呼ばれる少女にそう言い行動を制した。

 涅音ねおんはとても小柄で細く、一見すれば少年のような風貌。

 しかし、その動きは速く、宙を飛び、軽やかに、人を殺めていく。

 まるで舞っているような動作は優雅に見えて非常に残酷。

 大人の男が20人束になって襲ったのにもかかわらず、ものの数分でその戦いに決着がついた。

 涅音ねおんの戦いを見守り、涅音ねおんを制した男はゆっくり生き残った最後の一人に近づく。

 男の気配を背中で感じた涅音ねおんは刀を引いて、腰を下げ、後ずさって場所を空けた。

「た、頼む! 助けてくれ!」

 すがりつく生き残りの男に、近づいた男は蔑んだ瞳を向ける。

「助けてくれ? 先に襲ってきたのは貴様達だろう? ならば、殺されようとも助けを乞える立場では無いはずだ」

「俺達の意思じゃない! 頼まれたんだ! アンタを殺せば数億両と言う金をくれるという条件で」

「ほぉ、誰にだ?」

「ひ、しろの城主、葛城かつらぎ武之進たけのしんだ」

「フン、なるほど。ならば、無駄足だったな。ヤツはケチで有名だ。私を始末出来たとしても金を払うどころか、殺されるのがオチだ」

 鼻で笑った男が踵をかえし、その場を去ろうとした時、後ろから命乞いした男が聞く。

「ア、アンタ一体何者なんだ?」

 足が止まり、振り向く事無く男は言った。

「なんだ、知らずに襲ったのか?」

「似顔絵を渡されただけだ。詳しく聞けば、その場で殺される」

「フッ、だろうな。貴様、アダシを知っているか?」

「アダシ。聞いた事はある。確か、我等に仇をなす者と言う意味で、異郷の異客。転じて今では連中、斎藤さいとう鷹盛たかもり達の集団に逆らうものを言うのだろう?」

「そう、俺はアダシとして追われる身だ。異郷の異客という意味ではないほうのな。名は天都香あまつか蒼雲そううん

「あ、天都香あまつかってあのそらの城の」

「その生き残りだ。何がしたいか分るだろう?」

 腰が砕けたように男は地面に座り込み頭を抱えて呟いた。

「な、なるほどな。それでは仕事を無事終えたとしても俺自身が無事でいられるはずがない。しかし、その娘は何者だ? 俺達もその辺りのごろつきとは違う。それなりの生業をしている者だ。その我らを軽くあしらうその娘は一体」

涅音ねおんもまた、俺と同じ生き残り。闇の一族、剋苑こくえんの生き残りだ」

剋苑こくえん。千の技を持ち、文字通り闇から闇への暗殺を生業にしていたあの種族の生き残りか。またしても納得だ、俺たちがかなうわけが無い」

 ハハっと乾いた笑いを喉奥から吐き出して男はチラリと涅音ねおんを見つめた。

 微動だにする事無く、感情を感じとることすら出来ない紅い瞳に銀髪の彼女は無表情で蒼雲そううんに聞く。

蒼雲そううん様、良いのか? アイツ殺そう」

涅音ねおん、無用だ。あれには俺たちのことをしっかり伝えてもらう役割がある」

「そうなのか、今までは駄目だったのに、知らすのはもう良くなったのか?」

「あぁ、頃合いだ。奴らに教えてやらねばな。天都香あまつかの存在を」

 蒼雲そううんは微笑んで涅音ねおんの頭を撫でて歩き出し、涅音ねおんは嬉しそうに口の端を少しあげ蒼雲そううんの少し後ろをついて行った。

 涅音ねおんに殺された無数の死体が転がっている中、一人生き残った男はゆらりと立ち上がり二人の影を見て言葉を漏らす。

「光の天都香あまつかが闇の剋苑こくえんと。フッ、世の城主達は大慌ての出来事だな」

 クククと半分狂ったように笑う男はフラフラとその場を後にした。

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