涅音

御手洗孝

第1話 はじまり

 その時、私はとても小さかった。

 体も心も全てが小さく、幼かった。

 だから、分らなかったんだ。

 一体自分が「何者」なのか。

 一体自分の「力」は何なのか。

 一体自分は「何処」にいるのか。

 誰も教えてくれなかったから知ることも無かった。

 知りたいと思ったことも無かった。

 暗い中で一人でいて、やってくる人は皆大きくて、言ってる事の意味も分からなくて。

 柵の向こうから眺める沢山の人の中、その一人だけが私の目の前にやってきて言った。

「今日から我がお前の主人だ。行くぞ」

 私は暗闇から光の中へと連れ出された。

 明るい。目が痛い。体が熱い。

 暗闇を出てすぐ、耐えられない体中の痛みに襲われた。

 なんて酷い世界だろう。

 コレならあの暗闇にいたほうがましだ。

 歩みを止めて、うずくまる私にその人は羽織っていた布をかぶせ、かかえ上げた。

 白く細い体からは想像できないほど力があるその腕に何故か安心して、はじめて気配を気にせず眠った。

 顎を地面につける事無く。

 聞こえる音にビクつく事無く。

 温かなその背中に全てを預けた。


 そう私は「眠った」のだ。

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