第13話 あーん



『ただいまー』


 俺たちはあの後真っ直ぐ家に帰ってきた。

 帰宅した時には既に7時を回っていて、俺はすぐに晩飯の用意を始めた。


「晩飯、何にするかなー」


 俺はそうひとりで呟きながら献立を考えていた。

 本当に、何を作ったものか。

 今日は……まあ、一ヶ月記念日だし、何か作りたい所ではあるんだが、なんてったって食材がなー。

 こんな事なら帰りに買い物に寄れば良かった。

 そう先程の後悔をしていると、ふと思い出した。

 あの日、二人で食べたのはからあげということと、からあげが冬華の大好物だということを。


 ……よしっ、今日はからあげにするか。




 ♢♢♢




「冬華、お待たせ」


 そう言ってからあげを机に運んで行くと、冬華が大きな声を上げた。


「わっ!からあげだー!」

「そのー、なんだ。冬華と初めて食べた料理がからあげだったから……。今日記念日だし、せっかくだから作ったんだ。それに、冬華の大好物なんだろ?」

「うん!ありがとう、嬉しいよ!」


 冬華は本当にに嬉しそうにしている。

 俺と初めて食べたからあげを出されたからか、そこまでからあげの事が大好きなのか。

 ………まぁ、そんな事は聞かなくてもわかるけどな。

 冬華は軽く目頭を濡らして、嬉しそうに微笑んでいる。

 そんな冬華を見ると、なんだかこちらまで嬉しくなってきてしまう。

 俺も軽く微笑んでから、冬華に声を掛ける。


「じゃあ食べるか、」

『いただきますっ』


 冬華は例のごとく、まずどのからあげを食べるのかを箸を彷徨わせながら吟味する。

 気に入ったものを決めると、サッと掴み、大きく開けられた口え運ぶ。

 その時の冬華の表情も幸せそうで、ついつい笑みが漏れてしまう。

 そして、一口。


「ん〜〜〜〜〜〜っっ!!相変わらず美味しいなぁ、夏樹のからあげは」


 冬華はそう幸せを噛み締めるように言うと、「もうひとつ」といいながらパクパクと食べて行く。

 そんな幸せそうな顔をする冬華を、ついつい見つめてしまう。

 俺の視線に気づいたのか、冬華が頬をほんのり赤くさせながら、口を開いた。


「もうっ、食べないんだったらアタシが全部食べちゃうよーだ」

「ごめんて、たべるよ」


 今の冬華の態度は照れ隠しなのだろう。

 そう考えると、また微笑ましくなってきて、ついつい笑みが漏れてしまう。


 そして、俺も一つからあげを口に運ぶ。


「うん、美味しい」


 衣のシャクっとした歯触りの後に肉汁がじゅわぁ、と口の中で出てくる。

 うん……いつも通りの、冬華が美味しいと言ってくれたからあげだ……。


 結局今日も三分の一程しか食べられ無かったが、冬華のこんなに幸せそうな顔をを見れたから、まぁ……良かったかな。


 冬華がからあげを食べて結構お腹いっぱいになったのかと思いきや、すぐに「ケーキ食べよ!」と言ってくる。

 よくそんなに食えるもんだ。


「分かったよ。持ってくる」


 そう言って俺は冷蔵庫からケーキを取り出し、テーブルに置く。


「じゃあ食べよっか」

「おう」


 まず、俺が苺のタルトケーキを。

 冬華が3種のベリーレアチーズケーキを食べるということになった。

 一口食べると、流石あんなにお洒落な店のケーキなだけはあるな……と思わせる美味しさだった。


「これは美味しいぞ、冬華のはどうだ?」

「ん?こっちも美味しいよっ」


 冬華は微笑みながらケーキをちびちびと食べている。


 かはあげとは違って、ケーキは貴重に食べるのね……。

 そんな事を考えていると、冬華がフォークに刺されたケーキを俺の目の前に差し出してくる。


「はい夏樹、あーん」

「えっ、は……?」

「え?もしかして夏樹、あーんも出来ないの?彼女居たのに〜?」


 冬華はそう言いながら、小悪魔地味た、ニヤニヤとした笑みを向けてくる。

 俺は冬華の物言いに反論する事も出来ないが、勇気を振り絞ってパクッとフォークに刺さってあるケーキにかぶりつく。


「……お、美味しいな」

「ふふっ、そうだね夏樹っ、顔……あっかいよ〜?」


 冬華はこう言ってはいるが、自分もした経験がないのか、冬華自身も頬が蒸気している。

 まあ自分だけ恥ずかしい思いをするのもなんだし、報復で冬華にもやってやることにした。


「冬華……はい、あーん」

「え、えぇ!?………や、やんないよ?」

「そうかそうか、俺を散々煽った挙げ句、結局自分まで顔真っ赤にした冬華さんはあーんもできないのか」


 我ながら悪い笑みを浮かべながら、軽く煽ってやると冬華が小刻みに震えだした。

 そして数秒後、冬華が消え入りそうな声で呟いた。。


「……………やる」

「なんて言ったんだ?声小さくて聞こえなかったんだが」

「だから、やってやるって言ってんの!」

「お、おう……そうか」


 なんやかんや冬華はやるそうなので、俺はケーキをすくって持ち上げる。

 そして冬華の顔の前あたりまで持ち上げてから、「あーん」といって近づけていく。

 当然ケーキを食べるには口を開けなければならないので、冬華は恥ずかしがっているのか、少し控えめに口を開ける。

 まあ、それでも入るほどの大きさ程しかとっていないため、冬華はかぷり、と可愛くかぶりつく。


「どうだ、うまいか?」


 そう俺が聞くと、恥ずかしいのか、冬華は俯いたまま「……うん」と、ポツりと答えた。

 髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まっていた。

 自分がするのはいいのに、されるのは恥ずかしいのか………。

 俺は「やりかえしてやった」と達成感を覚えながら、恥ずかしがりながら顔を赤く染める冬華を見てニヤニヤとした笑みが溢れる。


 まだ頬をほんのり赤く染めている冬華を見ていると、普段全くデレたりしないせいか、ついつい意地悪したくなってくる。


「ほら、まだ一口しかたべてないぞ。もういらないのか?」

「……いる、けど」

「そうか、じゃあほら……あーん」

「うぅ…………」


 俺がフォークを差し出すと、冬華は恥ずかしがりながらもパクっと食べてくれる。

 一口食べるたびに頬を赤らめながら少し俯く。

 そんな冬華がなんだかいじらしくて次から次へと食べさせてしまう。


 結局その後冬華とあーんをしあってケーキを食べきってしまった。


 ………はぁ、これじゃまるでカップルみたいだな。


「美味しかったね、ケーキ!」


 冬華は眩しく感じるほどの笑顔を浮かべる。


「ああ、美味かった。さすがは有名店って感じだったな」

「だよねっ!アタシはタルトの方が好きだったな〜」


 冬華は相当気に入ったのか、にこにことしながら言う。


「そうなのか。俺もタルトの方が好みだったかな」

「だよね〜、じゃあ次の二ヶ月記念日もあの店にしようねっ」

「そうだな────って、二ヶ月目もやるのか………?」

「あったりまえじゃんっ、来月が楽しみだね!」

「あ、あぁ、そうだな、たのしみだな…… 」


 一ヶ月目も二ヶ月目もやるってことは、いつまで続くんだ?

 この記念日一ヶ月ごとに一生やり続けるのかな……。

 そんな風に考えていると、俺があまり楽しそうにしていないのがバレたのか、少ししょんぼりした表情で冬華が話しかけてきた。


「やっぱり、毎月やるのはいや?」


 そんな言い方をされちゃあな、嫌って言うわけにもいかねぇだろ。


「全然、すごい楽しみだぞ」


 そういうと、冬華の表情はパッと明るくなり、声のトーンが上がった。


「そっか!ねね、次はどんなケーキにする?」

「そうだな、今日は食べなかったチョコ系とかがいいな」

「いいね、アタシもチョコ大好き!」

「じゃあ決まりだな」

「うんっ!それまで一緒に居れたらいいね!」

「おい、縁起でもないこと言うなよ」

「……だねっ」


 冬華の言う通り、こんな関係いつ終わりが来てもおかしくない。

 冬華のお父さんがその気になればいつでも連れ戻せるはずだ。

 ……せめて、せめてそれまではこの関係を楽しみたいし、楽しませたい。


 今日も楽しませる事は出来ただろうか。

 少なくとも俺は楽しかったと思っている。

 思い返してみれば、二人で放課後買い物に行ったり、あーんをし合ったり、カップルみたいなことばかりだったなぁ。

 冬華とはそういう関係にならないって決めた手前、なんだが罪悪感があるけど、たまには……こんな日があっても良いんじゃないかと思う。


 来月……楽しみだなぁ。


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