第7話 決着
藍莉の浮気現場を見てから数日、俺は決着を付けようと、藍莉を呼び出した。
あの、藍莉が浮気していた公園に。
ここに呼ばれれば、あの日、俺に気づいて無くても、察しは着くだろう。
俺が設定した時間の10分前に藍莉はやってきた。
無論、俺は30分前から来ていた。
これはまだ藍莉と付き合っていた頃からしていた事だ。
藍莉に嫌な思いをさせていたつもりは無かったんだけどな……。
藍莉は公園に入ると、俺の座っているベンチに座った。
………しかも、いつもの距離感で。
付き合っていた頃、隣に座るときはいつも肩がピッタリ触れ合うくらいの距離で座っていたのだ。
あのときはその距離感が心地よくて、嬉しかった。
だが、今は違う。藍莉は、知らない男と熱くキスしていたんだ。俺は藍莉を信じていたのに、藍莉は俺を裏切った。そんな奴といつも通りの距離感で、前まで通りの関係でいられるはずがないだろう。
彼女の浮気が発覚して、別れない人も居るだろう。浮気した彼女を叱って、「もうするなよ」と言って許す人も居るだろう。
────でも、俺は弱いんだ………。
浮気した彼女を叱る勇気もなければ、間違った彼女を許せる程の寛容な心も持ち合わせてはいない。
浮気現場に遭遇しても、
俺の心にあったのは絶望、失望、彼女に立ち向かうことから逃げた結果の感情ばかりだった。
少し前の俺なら、今この場にいないだろう。
今の俺には冬華が居る。
今日出かける前だって、「頑張ってきて」と優しく包み込んでくれた。
冬華が居るから、今の俺の心には勇気がある。
だから、もう俺は逃げない。
…………藍莉と、決着をつける────。
俺は少し震える足を押さえて、ゆっくりと口を開く。
「………藍莉、もうわかっているんだろう?」
「っ!……なにが?」
藍莉は一瞬だけ肩を震わせた。
俺の言葉に心当たりがあったんだろう。
だが、すぐに平静を装うように、俺の膝の上に手を添え、首をかしげた。
その瞬間、俺の肩がビクッと震えた。
なぜだろう、前まではあんなにも触れ合っていて心地よかったのに。
そんな俺を見てか、藍莉が心配げに声をかけてきた。
「顔色悪いけど……どうしちゃったの夏樹?」
藍莉が俺に触れるたびに肩を震わせてしまう。
俺はグッと拳にちからを込め、本題を切り出した。
「藍莉、お前……浮気してるだろ」
「え、えぇ?どうしたの急に?浮気なんてしてないよ」
そうか……、あくまでしらばっくれる気なのか。
あのとき、たしかに目があったはずなんだがなぁ。
「もう忘れたのか?三日前、お前はこの公園で俺の知らない男とキスしてたよな?その時、たしかに俺と目があったはずだろ」
「な、なんのこと……?人違いじゃないの?」
まだとぼけるのか………。
そこまで隠そうとするなら、なんで浮気なんかしたんだよ………。
俺は悲しくなりながらも、ポケットに忍ばせていた現像したあのときの写真を出した。
「これを見ても、まだしらを切り通すのか?」
「な──────っ!」
藍莉はカッと目を見開いた。
今までも確信はあったが、確証は持てなかった。
だけど今の反応で全てわかった。
やっぱり、藍莉だったんだな……。
「どうなんだ、藍莉?」
「そう、ね。私浮気してた」
「そうか………」
「ごめん、なさい……。」
「そこはもういい。なんで浮気したのかだけ、教えてくれないか?」
「ん……。私、夏樹と付き合い出してからお化粧とか、オシャレとか、頑張ってたじゃない?」
「あぁ、そうだな」
実際、藍莉は俺と付き合う前はあまりそういうのを気にしていなかったのだ。
ところが、俺と付き合いだした瞬間、そういうのを頑張りだしたのだ。
それを見て、俺のために頑張ってくれてるんだなぁ。と嬉しく思ったのを覚えている。
「その時は、夏樹のために頑張ってたの……。それでね、いつも夏樹が可愛いって褒めてくれるから、調子のっちゃったのかな?そんなときにね、学校で人気のある先輩に声かけられてさ、なんだか嬉しくて、断れなくってさ、そういうことしちゃったの。それであの日、夏樹と目があって、もうこんなことやめようと思ったの。それでね、「先輩にもう止めにします」って言ったらさ、「お前はもともと遊びだったんだよ。ただの性欲処理道具?」って言われてさ、私に一番必要だったのは夏樹だって気付いたの。私……目が覚めた。私と、もう一度やり直してくれないかな?」
そう話す藍莉の目は真剣で、今言ったことは全て事実だろう。本当に反省しているのかもしれない、もう二度と浮気をしないかもしれない。一生俺のことを好いて、愛してくれるかもしれない。
それでも──────っっ!!!
「そうか……。でも、ごめん。それは出来ない」
俺は………、藍莉とやり直すことが出来ない。
俺は弱くて臆病だから、もし、もう一度あったりしたら………と考えてしまって、どうしても信じ切ることが出来ないだろう。
そんな状態で藍莉とやり直すのは最低だ。
「そっか。そうだよね、理由や結果がどうであれ浮気した事実は変わらないもんね」
「そう、だな………でも!藍莉ならすぐにいい人見つかるよっ!」
「え、えぇ?そうかなぁ……」
「そうだよ!元彼氏の俺が言うんだ、藍莉は最高の彼女だったよ!」
「………っく、う、うんっ!……ひっ、く……あり、がとねっ」
そう言うと、藍莉は泣きながら俺に抱きついてきた。
これで最後だ、藍莉とは、もう────
そう考えると、今まで藍莉と過ぎしてきた日々が、あの楽しかった日常が俺の脳裏に次々と浮かび上がってきた。
そして、今まで過ごしてきた日々の懐かしさからか、はたまた、もう藍莉と一緒には過ごせないという寂しさからなのか、涙が出てきた。
やがて涙は視界を埋め尽くす程になり、二人して必死に泣きじゃくった。
ただ二人の心のうちにはたった一つの全く同じ言葉があった。
─────いままでありがとう。楽しかったよ──────
♢♢♢
二人の涙が収まる頃には、日はとっくに落ちていた。
これ心置きなく別れられる。
今までの日々は楽しかったけど、もう戻らない。前を向いて歩くんだ。
それに今の俺には冬華が居るしな。
そう思うと、冬華の眩しい笑顔が思い浮かんだ。
あぁ、早く帰らないとな、ご飯が遅れて機嫌悪くしちまう。
「藍莉、今日はありがとうな。遅くなっちゃったし、家まで送ろうか?」
「んーん、大丈夫。ごめんね、夏樹」
藍莉はそう言うと、悲しいような、申し訳ないような作り笑いを見せた。
………そんな顔されたら、寂しいじゃねぇか。
藍莉の作り笑いを見た途端、俺はなぜか胸がいたんだ。
「最後が謝罪の言葉なんて、俺は嫌だな………」
「あ……うんっ、ありがとっ、夏樹!」
すると藍莉は、俺が大好きだった、眩しい夏の向日葵のような笑顔を見せてくれた。
「あぁ、今までありがとう」
「……うん、じゃあね」
「……じゃあな」
正真正銘、これが俺と藍莉の、最後の会話だ。
藍莉は別れを告げるとゆっくりとした足取りで公園を去っていった。
その後俺は、一人残った公園のベンチで星を眺めていた。
藍莉と話すことはもうない、そう考えるとまた涙が溢れてきそうになる。
でも、藍莉と別れたからと言って後悔してる訳でもないし、むしろ蟠りが溶けてすっきりしてる。
藍莉も、早く次の人見つかればいいな。
俺は……当分出来ないか。なんてったって俺の家にはわががままで手のかかる美少女ギャルが居るんだからな。
そういえば、早く帰って冬華の飯作ってやらねぇとな。
俺はそう思い腰を上げた。
「さあ、帰るか!」
俺は今までにないくらいの軽い足どりで家に帰った。
♢♢♢
公園から十数分、我が家の扉の前についた。
「ただいま、冬華」
「あっ!おかえり夏樹!待ちくたびれた〜。早くご飯作って〜」
………やっぱり、今はコイツだけで十分、だな。
家に帰ったらかわいい女の子がおかえりと言ってくれる。
こんないい環境そうそうないし、今は満喫するとしようかな。
「ああ、今作る。冬華は何がいい?」
「んとね〜、からあげっ!」
「いやお前、からあげって。ほんの数日前にも食べたじゃねぇか。」
「うんっ!でも美味しかったから、また食べたいの」
「はぁ……。まぁ、いいけどさ」
そう言って俺はキッチンに向かい、冷凍庫に入れてあったからあげのタネを取り出した。
からあげのタネは冷凍して保存出来るから結構便利なのだ。
好きな時に解凍して食べれるしな。
凍ったままのタネを温め、高温の油へ投入。
何とも簡単な料理だ。
後は簡単にサラダを作り炊いてあったご飯をよそう………完成だ。
「ほらよ、お待ちどうさん」
「お!今日も美味しそー!」
「「いただきます」」
冬華はこの前同様、最初に箸を彷徨わせてから、一番大きいものを取り、大きく開けた口に放り込んだ。
「ん〜〜〜〜〜〜っっ!!美味し!」
「そうか、そりゃ良かったよ」
からあげを食べる冬華の顔は、名前の冬に反して、夏のように輝かしい笑顔だった。
今は、こうやって俺の隣で元気に笑ってくれる冬華がいるだけで十分だな。
そんなことを考えていると、また冬華が全て食べきってしまいそうな勢いで食べ進めていた。
「おい、ちょっと待て。俺の分もあるんだぞ!」
「早い者勝ちなんだから、早く食べない方が悪いんだよっ!」
「それはないだろっ!!」
「あっははー☆」
俺は今のこの関係が、言い合ったりしながらも、笑い合える。そんな関係がいいな、と思った。
実際、もう冬華との時間を楽しんでる俺がいるしな。
……あぁ、俺も早く食べよっ!
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