第11話 銭湯

 あの勉強会から3日ほどたったある日。テストが更に近づいて緊張感が増す一方で、家の風呂が壊れた。

 お湯が出なくなったのだ。

 業者に問い合せたら、明日までには直しに来てくれるそうだ。

 何日も風呂に入れない事は免れたが、今日の風呂はまだ入れて無かった。


「ねぇねぇ、夏樹今日お風呂どうするの?」

「まぁ、銭湯に行くしかないだろうな」


 そう残された手段は銭湯に行く以外無いだろう。

 幸い俺の家から徒歩五分程の所に銭湯があったはずだ。

 今は十一月下旬だし、外は結構寒いから湯冷めするだろうけど、しっかり着込んで行けば大丈夫だろう。

 その事を冬華に伝え、『銭湯でもいいか?』と尋ねると、『行きたい!』と食い気味に言ってきた。

 何でも、銭湯には行ったことが無いらしく、前々から行ってみたかったそうだ。


 まぁ、そんなこんなで俺たちは銭湯に行くことになった。




 ♢♢♢




「しっかり着込んだか?帰りは外歩くんだし、湯冷めしないようにしとけよ」

「うん、大丈夫だよ!早く銭湯行こっ!」


 そうして俺たちは十分に着込んでから銭湯へと向かった。

 ………ただ一つ困った事が起きた。

 冬華がはしゃぎ過ぎて大変なのだ。


「銭湯かー!行った事ないから楽しみ〜!」

「分かったから、街中でそんなに走るなよ」


 まぁそんな俺の忠告も聞かず、結局冬華は銭湯に着くまでずっとちょこまかと動き回ってたし、ずっと目をキラキラと輝かせていた。


 そして現在。

 銭湯を目の前にして冬華が感嘆の声を上げた。


「おぉー、すごい!こんなのテレビでしか見た事なかった!」

「まぁ、普通は家の風呂入るしな」

「うん!てか、早くいこ?」

「あぁ、そうだな」


 中に入ると……まぁ、普通に銭湯だ。

 俺たちはカウンターでお金を払って早速脱衣所に向かった。

 あ、もちろん混浴じゃなくて男女別だぞ?

 そういう訳で一人寂しく服を脱いで、タオルを腰に巻き、風呂場へ向かった。

 中に入っても、今日は誰も来ておらず、俺1人だけだった。

 まぁ、誰か来ていても喋りかけるなんて事はしないし、あんまり変わらないけどな。

 俺は手早く体の隅々まで洗ってから、湯船に入った。


「ふぅぅ…………。銭湯、久しぶりだなぁ。最後に来たのは親父と一緒だったっけか?」


 あの時はまだ俺が小学生だったかな。そう考えるとこの銭湯も全然変わってないな。

 5年ほど前の記憶を遡りながら感慨に浸っていると、一枚の壁で隔てられた女湯の方から「わぁぁ!」と何とも元気な声が聞こえてきた。


 はぁ……、雰囲気ぶち壊された気分。

 一人で呆れていると女湯の方からまた声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、そっちは人いるのー?」


 冬華だ。

 てかよく話しかけれるな。普通は銭湯で話しかけないだろ。

 一緒に入ってる訳でもないのに。

 さっきの冬華の口ぶりからあちらは冬華一人なのだろう。

 空いてて良かったよ、本当。

 人がいる中で話しかけられたらたまったもんじゃない。


「いや、誰もいないぞー」

「そっかー!こっちはねかわいい女の子がいるよー!」

「そうなのかー」


 へー、そうなのかー。

 ………え、なんて?

 かわいい女の子がいる?

 ……はぁ、人いるのかよっ!

 まぁ、小さい子ならマシだけどさー。

 そうして俺が悶えていると、女湯の方から艶かしい声が聞こえてきた。


「んっ、ちょっと、そんなに胸さわらないでよー」

「えー、だって、おねーちゃん凄く大きいんだもん」

「ぶふぉっ!」

「そりゃね、Gカップはあるからね」


 盛大に吹きました。

 てか、冬華もカップ明かしてんじゃねぇよ!

 せっかく銭湯来たのに全然落ちつかねぇよ、早く帰りてぇ。

 結局、女湯から聞こえる会話に耐えられず、俺は10分も風呂に浸からずに、風呂から出た。



 ♢♢♢



 俺は風呂から出ると、真っ先にコーヒー牛乳を購入し、冬華が上がってくるまで扇風機の前の椅子に腰掛けていた。


「ふー、さっぱりした!」


 そうこうしてるうちに冬華が上がってきた。

 やっばり、女子は風呂長いんだな。

 45分は入ってたんじゃないか?

 さっきから冬華が俺の事をじー、っと見つめている。


「なんだよ」

「……それ、美味しい?」


 そう言って冬華は俺の飲んでいるコーヒー牛乳を指差した。


「ああ、美味いぞ」

「そっかー、ところでアタシさー、家出中の身だからお金ないんだよねー」

「……?そうだな。それがどうかしたのか?」

「それ、美味しそうだな〜?」

「……あ、冬華も飲みたいのか?それならそうと言ってくれればいいのに。これくらい買ってやるぞ」

「ほんと!?ありがとっ!」

「ほら、これで買って来い」

「うんっ!」


 冬華はお金を受け取ると、とてて、と可愛くこばしりして行った。



「買ってきたー!えへへ、アタシもコーヒー牛乳にした」

「冬華も好きだったのか?」

「んーん、夏樹が飲んでたから同じのにしたー」


 中々変な奴だな。

 俺が飲んでたからって、なんでだ?

 まぁ、どうでもいいけど。


「それ飲んだら帰るからなー」

「はーい!」


 そう言ってコーヒー牛乳を飲む冬華は、風呂上がりの所為もあってか、何故か普段よりも色っぽく見えた。



 ♢♢♢


 そして、次の日しっかりと業者が風呂を直してくれた。

 たまには銭湯もいいけど、やっばり家の風呂が一番だな、と感じた。

 俺がそう感じる一方で、冬華は何とも残念な顔をしていた。

 ………そんなに銭湯が良かったのか。

 まぁ、当分は行かないだろうけどな。

 色っぽい冬華を見られないのは、ちょっとだけ、残念だけどな。

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