第14話

 5歳の男の子、松本功くんがついにやってきた。児相の人にともなわれて。

 私が働きはじめた頃、上目遣いに私を見ていたあの男の子のような子が来ると思っていた。そう、私自身が嫌悪感を抱いてしまったあの男の子。今でも心の澱のように記憶の底にこびりついている面影。


 それなのに始めに驚かされたのは、功くんが、あの3歳の子とあまり変わりがない風貌だったということだった。

 子どもはどんどん成長していく。

 同じ男の子で、3歳と5歳だったら、見かけはかなりの違いがあるはずだ。

 確かに背はもっと伸びているし、あの子と同じようにきれいな服を着せられ、風呂にも入れてもらったのが分かる。

 なのに、何という痩せ方だろう。

 手足はまるでマッチ棒だ。大げさではなくそう思った。

 骨と皮だけ。その皮も色がくすんでいる。

 もう私にもすぐに分かる。傷跡、消えきれていない痣。そして栄養失調。

 ただ違うのは、この子は上目遣いにさえこちらを見ようとしない。

 どこを見ているのか。

 何も見ていないのか。

 妙子さんが「いらっしゃい」と声をかけた。功くんは放心したような様子のままだ。5歳の男の子は、おそらくやんちゃざかりではないのか。それなのに、何の反応もない。私の腹の底がずんと重くなった。ピーマンを投げ捨てた毅くんの記憶が脳裡に過る。あの子は生きていた。けれど、この、今目の前にいる功くんは果たして生きていると言えるのだろうか。

 妙子さんが私に促すような目つきをする。私ははたと気づいて、急いで功くんの小さすぎる手をとる。何の力もないような手。冷たい手のひら。

 その手を気づかいながら軽く引いて、私はゆっくりと歩をすすめる。もし彼が歩こうとしなかったらどうしよう。そういう恐怖に似た感情を抱いたが、それでも功くんはゆっくりと足を動かした。

 ほっとするのも束の間。

 功くんの歩き方は妙だった。

 5歳なら歩ける、走ることもできる年齢のはず。でも、彼は足をもつれさせ、転びそうになった。慌てて私は抱きとめる。

 抱きとめた途端、目頭が熱くなる自分に気づいた。何と弱々しい、何と重みのない体なのか。彼は身体には力が入れられないのか、それとも、力の入れ方を忘れてしまったのだろうか。

 そして心の中は?

 生れてから幼児に成長する過程の子どもの心身の発育は、その後の精神的な成長に大きすぎる影響を与える時期だ。人格の形成に必須の時期だ。この時期に生涯が決まると言っても過言ではない。

 それをネグレクトされ、あまつさえ暴力に痛めつけられた子どもは、この先幸せを感じることはあるのだろうか。

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