第11話

「だって、人間は愛された記憶はすぐ忘れて、傷つけられた記憶ばかり残すでしょう? そういう生き物なのよ、きっと。

 だけど、それでも、やっぱり愛されていい存在だと自分を認識できるようになっていればいいと思うの」

 妙子さんが言った言葉が響く。


 ただ、私は思う。

 人は、いじめられたり虐待されたりした記憶を「忘れる」あるいはそうやって「超える」ことは本当に大変なことだけれど、愛された記憶はきっと表面上忘れていても、必ず心の底で生きている、覚えているのではないか、と。


 別に妙子さんと違うことを言いたい訳じゃない。

 私の言葉で言いかえただけ。

 母との確執を抱えつづけた私だけれど、早世した父の愛情の記憶は――いつもは忘れていても、ずっとずっと底にあった――ある出来事で自殺を考えた時期も、そうしなかったのは父の記憶があったから。

 たとえ父がもうこの世に存在しなくても、私は父の愛を裏切りきることはできなかった。


 では、本当に愛されたことのない子どもたちはどうなる?


 愛するのだ。私たちが、全力で、できる限り、愛するしかないのだ。

 傲慢かもしれないけれど、これはこの子どもたちの生涯を決めることにもなりかねない。

 私はその頃には、そういう想いを胸に抱くようになっていた。

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