第10話

「愛された記憶なんて消えちゃった方がいいのかもしれない」

 妙子さんはもの思いにふけるようにしながら、独り言のように続ける。

「ここにいる子どもたちも、私たちのことなんて、すぐに忘れちゃってくれる方がいいのよ、きっと」

「それは、どういう?」

「だって、人間は愛された記憶はすぐ忘れて、傷つけられた記憶ばかり残すでしょう? そういう生き物なのよ、きっと。

 だけど、それでも、やっぱり愛されていい存在だと自分を認識できるようになっていればいいと思うの」


 その日のことは、その後幾度も繰り返し自分のなかで思い出すことになった。


 話の続きをしよう。


 病院から連れられてきた子どもがいた。この施設で預かるかどうか、社長は悩んだ末に決めたようだ。

「妙子さん、奥野さんに頼ることに決めたよ」

 私が試用期間を何とかクリアしてすぐのことだった。本当は、ベテランの妙子さんを社長は頼りにしているが、そのアシストもして仲の良い私、奥野真里奈も含めて、チームをつくることになったのだ。


 5歳の男の子。

 暴力を受け、食事もろくに与えられていないことが、問題意識の強いご近所の奥さんに疑われ、児相に伝わることとなった。そして運よく虐待の事実が明らかになり、最近まで入院していた子どもだった。

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